09
ある日、事件は起こった。
いつものようにポアロでバイトをし、毛利探偵事務所にお邪魔して夕飯を作り、帰って床についた夜のことだった。
玄関の鍵がこじ開けられている音に目が覚め、ちょっと待てと頭が混乱する。
いやまじか。
どうしようと数秒考え、最近会う機会が増えた彼へ連絡しようと携帯に手を伸ばした。
未だガチャガチャと鳴っている音に怯えつつ、降谷さんの番号を探していると、なんとカチャンと、鍵が開く音がした。
(ま じ か)
次いで扉が開く音はしたが、ガチャンとチェーンの音が鳴って首の一枚つながったことを理解する。
チェーンにこの時ほど感謝したことはない。
だが、いつまで保つかはわからない。
音をたてないように静かに布団を出てクローゼットを開き、奥にしまいこんでいた人1人分の大きさのぬいぐるみを取り出し、私の身代わりにと布団に押し込む。
クローゼットの空いたスペースに私は身を潜め、見つけ出した彼の番号をタップする。
数秒コールが続いたが、降谷さんは電話に出てくれた。
「どうした」
「あの、ストーカーが扉こじ開けてるので助けてください」
怖いんです。
自分でも思った以上に震える声が出た。
電話の向こうで降谷さんは息を詰めた後、すぐに行くと言ってくれた。
私の家に向かっている間も、私がパニックにならないようにと通話状態にしてくれている。すごく助かる。
周りの警察にも声をかけているのか、電話の向こうがざわつき始める。
降谷さんは出動準備をしながら、私に状況説明を求めた。
「いま、どういう状況だ」
「鍵がこじ開けられて、チェーンがあるんですけどいつまで保つかはわかりません。ちょうど人1人分の大きさのぬいぐるみがクローゼットの中にあったので、身代わりに布団の中に押し込んで、私はクローゼットに隠れてます」
「賢明な判断だな。チェーンが長く保つとは思わないが」
「洒落にならないんでやめてくださいよ降谷さん」
しばらくガチャガチャとチェーンを外す音が響いていたが、どうにかしたらしく、チェーンが外れた音が響き、暫くして扉が開く音が響いた。
「…降谷さん」
「なんだ」
「…扉、開いちゃいました」
私の言葉の数秒後、舌打ちが聞こえた。
数人の話し合う声も聞こえたことから、降谷さんがここに1人で向かっているわけではないと理解できた。
降谷さんが説明しなくても他の警官が理解できているということは、私との通話をスピーカーにでもしているんだろう。
下っ端の警官って、助手席や後ろに乗らずに運転するんだって、どこかで見た気がする。
てことは降谷さん、いま運転してるのか。私も見たかった。
ストーカーは扉を開けた後、迷わずに私の寝室に向かってゆっくりと歩みを進めている。
怖すぎる。部屋の間取りを覚えていることが怖すぎる。
やがて寝室の扉が開き、布団に近づいたらしいストーカーが、ぬいぐるみを見つけて発狂し始めた。
(怖すぎわろえない)
なにこれなんのホラーだと思っていれば、ストーカーは私のクローゼットも以前侵入した時に見ていたらしく、迷わずこちらに歩みを進めた。
足音がどんどん近づいてきて、ついにクローゼットの取っ手に力が加えられた。
私は諦めて、降谷さんに伝える。
「降谷さん」
「なんだ」
「もう無理です」
「みーつけた」
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