夏休み前のテストを数日後に控えた頃、苗字に変化が起きた。苗字自体にじゃない。苗字の周りに、だ。登校時、常にひとりだった苗字の周りには、山本武やそれに付随して、沢田綱吉や獄寺隼人なんかとも一緒の事があったし、時には見慣れない一年の女子と並んで校門を通り過ぎていく姿が見られた。僕はそれを校舎の2階の応接室から眺めていた。何の話をしているのか知らないけど、苗字は微笑っていた。最近勢力を増してきた太陽の様に、ばかみたいに明るく屈託なく笑い話し掛ける山本武や一年の女子に、苗字はひとり雨上がりの薄日のような笑みを浮かべていた。それはやっぱり一線をひいているようなそれで、苗字自体は変わっていないんだと、僕は思った。思って少し安心した。
そう、僕は変わらない苗字だからこそ、見ていた。柔らかそうに見えて頑なで、弱そうなのに流されない。そんな苗字が変わってしまったら、僕は苗字に興味なんかなくなるだろう。僕は苗字が変わるのを許せない。いや僕以外の誰かのせいで変わるのを許せない。
だから僕は今日も図書室へ向かっている。


テスト前だけあって普段より多くの生徒がいる図書室。そこには今までと違って一人用の席じゃなく数人が使える机に座る苗字がいた。その隣にいた女子が僕に気付いて固まる。それに構わず足を進める僕の横を、我先にと図書室いた生徒達が出て行く。いつもの事だけど、今日は人数が人数だから騒々しいな。ちら、と、そっちに目をやれば脱兎の如くドアの向こうに消えていった生徒たち。追いかけて咬み殺す気にもならなくて、僕は静かになった図書室に残る二人へと近づいた。





「またいたのかい、木ノ下菫」

「…雲雀先パイ、」


元々小さい身体を小さくした木下菫と僕に気付いて、苗字が漸く顔を上げた。



「雲雀さん」

「やあ、苗字。何してるんだい」

「テスト前なので、一応」


苗字がノートから手を下ろす。少し癖のあるまるい字で埋められたそこには、数式が書かれていた。



「数学かい?」

「はい」

「―で、君は?」

「え、あたしも勉強してますよ!」

「ふぅん」


けたたましい声を上げた女子、木ノ下菫は最近苗字にくっついている一年の女子だ。最初は登校時だった。いつもひとりの苗字がこの木ノ下と一緒に登校してきた。それだけならまだしも、部活がテスト前で休みの今、毎日放課後の図書室で二人は一緒にいた。部活にも入っていない、そして山本武の様に知り合いでもない三年生の苗字と、一年の木ノ下には接点はない。だから何で二人が最近一緒にいるのかなんて、僕には知る由もない。…別にいいけど。




「雲雀先パイもテスト勉強ですか?」

「さあね」

「何ですか、それ。じゃあ何しに来たんですか」

「君には関係ない」

「なっ!酷いなあ雲雀先パイ、ね名前先パイ」


木ノ下に振られた苗字は緩い笑みを浮かべて、それから問題集に目を戻した。するするとシャープペンがノートの上を滑る。それを見留めた木ノ下も、シャープペンを握り直して、漸く口を閉じた。僕は二人から少し離れて、持ってきた小説を開いた。

その小説を数ページ読み進めた頃、僕は何となく並んで座る二人を見遣った。苗字は相変わらず黙々と勉強していて、けれど木ノ下はちらちらと時々、苗字の方を見ていた。手なんか全然動いてない木ノ下は、勉強する気なんてなさそうで、更に苗字も隣にいてあれだけ見られたら気付いてもよさそうなんだけど…。そういえばあの子は集中すると周りが目に入らなくなるんだったと思い出す。そんな僕の視線に気付いたのか、木ノ下と目が合った。慌てて教科書に目を戻した木ノ下に、僕は立ち上がった。歩み寄った僕に木ノ下が怯える様に身体を縮こませる。右手を伸ばすと、木ノ下はびくりと肩を跳ねさせた。けれど僕の手の目的は木ノ下の頭なんかじゃない。




「苗字、」


人差し指を苗字の問題集の上に置きながら僕は続けた。



「ここは縦の長さをχpにするんだよ」

「あ、じゃあ…こうなって…答えは、」

「うん、正解」


ノートに書かれた答えにそう告げれば、苗字は顔を上げて息吐く様に笑いながら「ありがとうございました」と言った。隣の木ノ下に目を移せば、またばちりと目が合う。何見てるんだい?目を細めてそう返せば、木ノ下は慌てて教科書を差し出してきた。



「雲雀先パイ!あたしも、此処解んないんですけど!」


取って付けた様に示された問題に、僕は嘆息した。教科書に載ってるような基本中の基本。君授業中何やってるんだい、そんな意味も含め、口を開く。



「……君は救いようがないね」


「ひど!雲雀先パイ酷過ぎますよ、ね名前先パイ」


訊かれた苗字は、僕と木ノ下を見遣って、微笑った。眉を下げて、少し困ったようなそれは、感情が滲み出ているようなそれで、そう、毎朝僕以外に見せていたあの表情じゃなくて。だから僕はそんな笑顔を見せた苗字に免じて、木ノ下の前に腰を下ろしてやった。










101220





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