※吹雪さんと一緒編です
あつしくん、南沢くんの体は不安定だった。普段は五才の姿なのに、時々十五才に戻る。色んな意味で驚くのでなんとかしてほしい、とやっとのことで見つけたアフロディさんに頼むと、そっか、と頷いたアフロディさんは五才のあつしくんに飴を食べさせた。
さぁ、これでしばらくこの姿だから大丈夫だよ、と惚れ惚れするほどアフロディさんはきれいに微笑む。え、そうじゃないです、とそれを言葉にした頃には、もう彼の姿はなかった。
……あの、できれば元の姿に戻してほしかったんですけど。
それからすぐアフロディさんは韓国に行ってしまって、仕方がないので日本に戻ってくるまで待つことにした。したがって、あつしくんの面倒(といっても、手のかかるタイプの子どもではないけれど)をしばらくみることになった。それ自体は構わない。ちょっと大人びているけど可愛い子だ。
だけど、問題があった。どうも、あつしくんはわたしの周りの男の人に懐かない、というか敵意を向けるのだ。立向居くんはすっかりあつしくんに立場が下だと思われているし、たまたま会った佐久間さんとは何故か取っ組み合いの喧嘩になっていた。不動さんをして、可愛くねぇガキ、と言わしめ、風丸先輩には、大変だろうけど頑張れよ、と優しすぎる瞳を向けられた。怖いので、兄さんには会わせていない。
そんな感じだったので、こっちに来る用事があった吹雪さんが訪ねてきてくれたときにはどうなることかと気を揉んだ。でも、それは取り越し苦労だった。吹雪さんはすごい人だったのだ。
考えてみれば、吹雪さんは初めて会った頃染岡さんのツンをものともしなかった。強面の十四才の染岡さんが大丈夫だった吹雪さんにとっては、五才の男の子一人くらい文字通り子どもだ。あつしかぁ、僕の弟と似た名前だ、可愛いね、と睨みながらされた自己紹介に笑顔で頷き、蹴られそうになるとその脚を掴まえて、蹴りたいならボールにしようか、とサッカーを始めた。吹雪さんはサッカー以外でも尊敬するべき人だったのだ。
最初のうちは、吹雪さんにあからさまな敵意を向けていたあつしくんも、不思議と吹雪さんに懐くようになった。どんな魔法を使ったんですか?と尋ねると、僕の職業はコーチなんだよ、とよくわからない返され方をされた。ところで、と吹雪さんが口を開く。
「春奈さんはあつしに何をされたら嬉しい?」
「そうですね、もっと子どもらしいところを見せてくれたらいいな、なんて思います」
「そっか」
口元に手を当てた吹雪さんが小首を傾げる。少し間を置いて、じゃあ日曜日二人とも空けておいてね、と吹雪さんは微笑んだ。
「あつしくん、どれにする?キャラメル?しょうゆバター?チョコレート?」
「……きゃらめる。せんせーとはんぶんで」
日曜日、吹雪さんに連れてこられたのは、日本一混むネズミの王国だった。正直、あつしくんがこういうところが好きなのか疑問だったのだけれど、意外と好きなようだ。やっぱり子どもなんだなぁ、と何だか安心した。わたしの右側で、あつしくんはアトラクションの待ち時間の計算をして回る順番を決め、ポップコーンの入ったバケツをもってやるよ、と首から下げている。左側では吹雪さんが、うん、女の子は男がエスコートしてやらなきゃだからね、とにこにこ微笑んでいる。
ところで、気になっていたのだけれど、どうして吹雪さん、わたし、あつしくん、の並びなんだろう。ここに来ている親子連れはみんな小さい子が真ん中なのに。(わたしたちは親子ではないけれど)
「ふぶきさん、ちゃんとはんぶんせんせーまもれよ?あんたぼでぃーがーどするっていうからでーとつれてきてやったんだからな」
「うん、任せて」
「つーか、こんながきっぽいところでせんせーほんとによろこぶのかよ」
「女の子はいくつになってもこういうところ好きだから大丈夫だよ。ほら、すっごく楽しそうじゃない」
「……?」
※おまけです。ネズミの王国といえばアレをしてほしかったのです
「あ、ここに来たらあれ、付けなきゃだよね」
「あれ、ですか?」
吹雪さんが屋外に出ているお店に駆け寄り、白い猫耳とピンクのリボンが付いたカチューシャを頭に乗せて、どう?とおどけた。可愛いですけど、恥ずかしくないですか?……せんせー、このひとおいてっていい?呆れ顔で立ち去ろうとしたあつしくんに、吹雪さんがこそこそ何か耳打ちをしている。
「はずかしくないようにおれがみっきーつけてやるよ。せんせーみにーな」
「……わたしも付けるの?」
「可愛いは正義だからね。すいません、今僕が付けてるやつと、これとこれ下さい」
吹雪さんは躊躇いなく一万円札を出した。そうして、羞恥心を乗り越えた頃、目の前に現れたネズミ耳の小さな可愛い生き物に、あつしくん可愛い!と思わず抱きついたのは言うまでもない。
「吹雪さん!可愛いは正義です!」
「うん、可愛いは正義だよね、二人とも可愛いなぁ」
「ちょ、せんせー!?こんなとこでだきつくなって!」