※年齢操作系


五才のときの記憶といえば、主に泣いたことだった。同じ施設の子に意地悪をされては泣き、その年、兄さんと離れてからもしばらくずっと泣いていた。そんな感じでほとんど泣いていた覚えしかないけれど、多分もう少し可愛げがあったような気がするなぁ、と目の前で平仮名の練習をしている男の子を眺めながら思う。彼はもうかれこれ三十分はそれを続けている。

「あつしくん、飽きない?子どもなんだからそんなに勉強しなくてもいいのよ?」
「……こどものうちからちゃんとべんきょうしないとりっぱなおとなになれないってせんせーなのにしらないのか?」
「……それはそうかもしれないけど」

あぁ、もしかしたら今まで知らなかったけれど、この子の親御さんは小さい頃からそう言って育てたのかもしれない、と図書館の隅でため息を吐いた。五才の子がこう、勉強勉強と言うのはちょっと子どもらしさに欠けると思う。



土曜の午前練習の後、ここ最近流行っているという不審者情報についてのプリントを作成していた。何でも男性なのか女性なのかはおろか、本当に人間なのかもわからない人物が中学生の前に現れ、悩みを聞いてくれるというよくわからない事件が多発しているという。特に犯罪らしき点は今のところないが、怪しい宗教の類かもしれないので一応注意するように、との連絡が教育委員会から来た。そういう仕事は新任教師の役目で、とりあえずプリントが仕上がったので帰ることにした。来週からテスト期間なので本来部活は禁止で、(サッカー部は試合が近いので特別許可が出た)校内に残っている人物はほとんどいない、はずだった。

確認のためサッカー棟の前を横切ろうとしたとき、小さな男の子が座り込んでいるのを見つけた。迷子かと思い、声をかけようとしてその子がおかしいことに気が付いた。着ている制服はだぼだぼで、文庫本の平仮名だけを首を傾げながら読んでいる。

「こんなところで何してるの?お名前は?」
「……みなみさわあつし。ごさい」

聞いたことのある名前に、目の前の子どもをもう一度じっくり見た。紫色の髪に茶色い瞳、ちょっとすましたような表情は、よく知っている生徒を思わせるものだった。いや、まさか。そう思い、鞄の中から携帯を取り出し、「南沢篤志」のメモリーに電話をかける。繋がった直後、すぐ近くから音がした。えっと、これってやっぱり。

「なぁ、さっきからなにひゃくめんそうしてるんだよ。ていうか、だれだよ?」

訝しがる男の子の前にしゃがみ込んで目線を合わせる。

「えーっと、多分わからないと思うけど私は南沢くんの先生なの」
「……せんせー?」
「そうよ?」
「ないしんしょ、つけるひと?」
「……うん」

その一言で疑いは確信に変わった。この子は南沢くんだ。間違いない。


とりあえずサッカー部の部室にあった信助くんのユニフォームを着せ、小さくなった南沢くんをどうしようか考えていると、きゅっ、とジャケットの裾を引っ張られた。

「せんせー、なんかほんもってない?これかんじばっかでよめないんだけど」
「うーん、平仮名の本は持ってないなぁ。そうだ、南沢くん図書館行こうか」

図書館なら絵本を読ませている間ネットでこの異常現象について調べられるかもしれない。小さくなった南沢くんの手を引いて歩く。あつしでいい、と下から声をかけられた。これくらいの年頃の子はあまり名字で呼ばれることはないから違和感があったのかもしれない。

そんな調子で図書館に来たのだが、あつしくんは絵本には目もくれず、平仮名の練習本を持ってきて勉強をしている。何だかこれはこれで問題のような気がする。

「ねぇ、あつしくん。お外で遊ぼうか?」
「そとで?さっかーならしてもいいけど」
「あ、やっぱりあつしくんはサッカー好きなのね」
「これからのじだいさっかーできるといいがっこうにいけていいかいしゃにはいれるらしいからさっかーならしてもいい」

やはり、人間の根本は幼少期に決まるものらしい。それでも、理由はどうあれ、五才の子はずっと勉強しているより外で遊んでいる方が見ていて自然だ。



河川敷に行くと、天馬くんと信助くんがいた。信助くんに服を無断で借りたことを謝り、あつしくんとサッカーをしてあげてほしいと頼むと、二人は快く引き受けてくれた。跳ねるボールを追いかけていくうちにあつしくんはサッカーに夢中になっていった。天馬くんと信助くんがやるなぁ、とちょっとお兄さんらしく付き合っているのを見て、何だか微笑ましい気持ちになる。しばらくそれを見てから近くの自動販売機で飲み物を買い、三人に休憩しよう?と声をかけた。

「先生、この子上手いですね」
「ほんとだね、僕びっくりしちゃった!」
「そうでしょう?」

二人はあつしくんが南沢くんだと気づいてないようだ。先生、先生といつものように元気に話しかけてきてくれる。天馬くんと信助くんは本当にいい意味で子どもらしくて素晴らしいと思っていると、隣に座っていたあつしくんが私と天馬くんたちを遮るような位置に座り直した。

「おまえらせんせーになれなれしいんだよ」
「え、だって先生は先生だし」
「うん。僕たちの先生だもんねぇ?」
「……おれのせんせーだよ」
「……あつしくん?」
「しょーがないからおよめさんにしてやるっていってんだよ。おれしょーらいせーあるし、せんせーにはもったいないんだけど」
「……えっと、ありがとう。嬉しいな」

あつしくんを待っていたらどう考えても行き遅れだろうなぁ、となんだか可笑しくなったけどその髪を撫でた。こどもあつかいするなよ、とどう見ても子どものあつしくんが言う。あ、結構可愛いかもしれない。天馬くんと信助くんが楽しそうにこっちを見ている。



休憩を終え、三人はまたボールを蹴り始めた。芝生に座ってのんびりそれを見ていると、後ろから声をかけられた。

「こんにちは。あの子、こんなところにいたんだね」
「……アフロディさん?あの子って、どの子ですか?」

後ろに立っていたのは、きらきらと日の光に金髪を輝かせたアフロディさんだった。ボールを奪い合う三人を眺めている。

「小さい紫色の髪の男の子。十歳若くなる薬を試しに飲んでもらったんだけど見つからなくなっちゃって」
「……アフロディさんの仕業だったんですか。どうしてそんな薬飲ませたりしたんですか?」
「効き目が保証できなかったから、欲しいって言った本人にちょっと試してもらおうと思ったんだよ」
「じゃあ、その薬、南沢くんが欲しがったんですか?」

もしかしてちょっとやさぐれた自分の人生をやり直したいなんて思ったのかなぁ。そう考えると何だか切なくなった。まだ十五才なのに。
アフロディさんはにこり、ときれいな笑みをこちらに向ける。

「うん。何でも、彼は年上の女性に恋をしていてね、彼女は自分が十歳若かったら彼を恋愛対象として見れるって言ったらしいんだ。だから彼女に薬を飲ませようと思ったらしい。……罪な女性もいるものだね」

そういえば、この間サッカー部の生徒たちに「この中で付き合うなら誰がいい?」と聞かれ、「うーん、あと十歳若かったら考えられたんだけどね」と答えた。いや、それは自意識過剰かもしれない。うん、考え過ぎだ。

端正としか言いようがない微笑みのアフロディさんと向き合っていると、ボールを蹴るのを中断し、パタパタと走ってきたあつしくんに詰め寄られた。

「せんせーさっそくうわきか?いいどきょーしてるんだな」
「違うの、この人は知り合いで、」
「……何だか、これはこれで上手くいってるみたいだね。じゃあ僕は他の悩みを抱える中学生を探しに行くよ」

アフロディさんはひらひらと手を振って去って行ってしまった。あつしくんはぷくっと頬を膨らませている。小さな両手で頭を掴まれた。


「せんせー、ちかいのきすしてやるからめとじろよ」








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