(これはどういうことなんだろう)
春奈は自分の置かれた状況に悩んでいた。カフェのテーブルで向き合っているのは、春奈の思う北国顔、というか白恋のエース顔の少年、雪村だ。言うまでもないが、太眉、垂れ目の跳ねた髪が白恋のエース顔というのはただの偏見に過ぎない。だが、違うところもある。若干天然っぽい吹雪に比べて雪村はかなり真面目そうな雰囲気だ。そんな真面目そうな春奈にとって先輩の後輩、けれどあまり自分と接点がない少年に唐突に呼び出され、春奈は何故自分が呼び出されたのかを考えずにはいられなかった。

「お呼び立てしてすみません。……あれ、お一人ですか?」

放課後、学校に突然「音無先生ですか?白恋の雪村豹牙といいます。こっちに出てきているので会ってもらえませんか」という電話をかけてきておいて、一人かと聞く少年が何を考えているのか春奈はさっぱりわからなかったのだが、とりあえず彼が待ち合わせた場所にいたことに安心した。家出だとしたら、大人として、教師として保護する義務があるからだ。「雪村くんやっぱり来てました」と簡潔なメールを吹雪に送る。呼び出されたときにも春奈は吹雪にメールをしたのだが、返事はまだだった。まさかそれ自体が、雪村が春奈を訪ねて来た理由だったとは知る由もなかった。


三日ほど前から吹雪はひどい風邪で寝込んでいた。そのため、練習にも顔を出せずにいた。それは一般的にありがちな話なのだが、この少年、雪村にとっては一大事だった。
なにせ、吹雪が大好きで、コーチ解任を聞いただけで裏切られたと思い詰めたくらい純粋で真面目な雪村だ。当然、一人暮らしの家にも行ったのだが、いくら呼び鈴を鳴らしても吹雪は出てこなかった。(実際は、吹雪は薬を飲んで眠っていただけだった)

(吹雪先輩、俺を放ってどこに行ってしまったんですか!)
玄関先で心の叫びを上げながら、雪村は吹雪の行きそうなところを考えた。思い込みの激しさゆえ、すぐそこにいるとは想像もしていない。そうだ、雷門中、あの人のところかもしれない、そう思い当たったのが春奈だった。
以前、昔のアルバムを吹雪に見せてもらったときに吹雪は春奈を「今の雷門の顧問の先生。昔も可愛かったな」と言っていた。その後の会話が悪かった。「特別な人なんですか?」という雪村の質問に吹雪は「そうだね」と答えた。この「そうだね」は普通の女の子のように自分にメロメロになってくれなかったことはおろか、わりとアプローチしていたのに気づいてくれなかった、という意味だったのだが、雪村の誤解を招くには充分すぎた。
雪村の脳内では、春奈は吹雪の恋人ということになっている。


「あの、音無先生は吹雪先輩とは長い付き合いなんですか?」
「え、そうね、十年くらいになるのかな」

(メールに気づけば)「吹雪さんが迎えに来てくれると思うから」という春奈の言葉に、やっぱりこの人のところにいたのかとまたしても誤解をした雪村は、春奈に聞きたかったことを尋ね始めた。
(十年か、一途な人みたいでよかった)

「吹雪先輩のどこが好きですか?」
「うーん、やっぱりサッカーしてるところかな。すごくかっこいいし。あ、雪村くんの必殺技って吹雪さんの必殺技がベースよね?」
「はい、そうです」

(……俺と同じだ。見る目もある)
春奈は雪村の質問の中の「吹雪先輩の恋人として」という意味を全く理解せず答えていたのだが、雪村はその答えに春奈への評価を何故か上げていた。
勘違いとはいえ、これは幸いだったといえる。最近久しぶりに会っただとか、恋愛的に好きだという感情がないと春奈が答えた日には雪村は春奈をとんでもない悪女だと思い、何をするかわからないだろう。運良く、二人は吹雪の話で盛り上がっている。

(この人なら、吹雪先輩に相応しいかもしれない。そうだ、大事なことを聞こう)

「あの、これからのご予定は、」
「予定?結婚式に、」

着ていく服を見に行こうと思っていた(来週、同僚の披露宴にお呼ばれするので)けど今日じゃなくても構わない、と春奈は答えようとしたのだが、会話の途中で雪村は飲んでいたジュースを気管に入れて激しくむせた。
(音無先生は吹雪先輩の婚約者だったのか!)
雪村の脳内で、春奈は吹雪の恋人から婚約者になった。



「雪村!?まさか本当に来てるなんて」

そうこうしているうちに、春奈の最初のメールを見て慌てて飛行機に乗った吹雪が到着した。吹雪はどうして雪村がこんなところにいて春奈と一緒なのかさっぱりわからなかった。

「……春奈さん、一体これってどういう……」
「えっと、わたしにもさっぱり……」

ひそひそと内緒話をする二人を見て、雪村はあぁ、やっぱり仲が良い、きっと幸せになれるだろうとズレまくったことを考えていた。だが、そのとき一つの不安が胸をよぎった。吹雪が結婚して白恋を離れてしまうのではないかということだ。雪村にとってそれは何より耐え難いことだった。


「音無先生、お願いがあります」
「お願い?」
「北海道に来て下さい!お願いします!」

雪村は立ち上がってテーブルに両手をついて頭を下げた。春奈と吹雪はその唐突な言葉に顔を見合わせた。「どうなってるんですか吹雪さん!」と困り顔の春奈に縋られ、吹雪は今の状況をもう一度よく考えた。
突然雪村が春奈のところに来て、北海道に来るように頭を下げている。そうか、と頭の中の豆電球が光ったような気がした。
(雪村は試合で春奈さんに一目惚れして追いかけて来たんだ!)
蛙の子は蛙、いや、弟子が弟子なら師匠も師匠の勘違いっぷりである。


だが、この勘違いが鬼道もいることや本人が鈍いことから春奈に対して強引なアプローチをこれまでしなかった吹雪が真っ直ぐすぎる後輩に焦りを感じ、本気で彼女を手に入れようとするきっかけになる。
雪村の勘違いが勘違いでなくなるのはわりと近い未来の話だ。








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