※立春+木暮くん



休日出勤を終えて木枯らし荘の部屋に帰ってひと息吐いたところで、何だか嫌な予感がした。と思ったら、サスケが人懐っこくわんわん吠える声、秋さんのいらっしゃい、天馬のこんにちは!
嫌な予感二択にどうか当てはまりませんように、と畳んだ布団の上で祈ったがそれは届かなかった。ノックもせず部屋のドアを開けられる。聞いてよ、木暮くん!しかも、うるさい方だ。ちなみに、二択のもう一方は女々しい方と言う。どっちにしろ俺、疲れてんだけどなぁ。
何の躊躇いもなく人の部屋に入って来ようとした音無を、部屋から出して談話スペースに連れて行く。仮にもこいつは嫁入り前の女だ、二重の意味で。

音無はもうすぐ結婚する。相手はやっぱり俺の知り合いでつまりは先程の女々しい方だ。それ自体は別にいい。むしろ、大学時代に付き合ってた彼女と別れてから仕事三昧だった俺に向かって「プロポーズの言葉って何がいいかなぁ」と丸三ヶ月相談してきたのだから、上手くいってもらわないとたまらない。
たしか今日は結婚式の衣装を見に行く、と言っていた。当人たちは籍だけでも構わなかったらしいが、鬼道さんたっての希望らしい。それはともかく、なのにこいつがわざわざ俺のところに来た。やっぱり嫌な予感しかしない。

「あのね、今日結婚式の衣装合わせに行ってたんだけど、立向居くん全然自分の格好にこだわりなくて、とりあえず似合いそうなやつお店の人に選んでもらったんだけどね、」
「そりゃ普段ユニフォームばっか着てるからそんなもんじゃないの。怒るとこないじゃん」

逃げても捕まるので、とりあえず聞くだけ聞いてやることにした。人のことはあまり言えないけれど、立向居はあまり服装にこだわりはない。大抵ユニフォーム、ジャージ、音無セレクトの私服のどれかだ。

「……どれも似合うんだもん」
「……はぁ?」

何言い出すんだよ、と口に出しそうになったのは普通の反応だと思う。だけど、音無は真剣だ。

「どれも似合うし、背も高いからすごくかっこよかったの。私ね、立向居くんの正装ってもう十年以上見てないからドキドキしちゃって。不意打ちよあんなの」
「……ノロケなら帰れー」
「ノロケじゃないの!大事なのはここからで、女の店員さんにモデルさんみたい、とか丈直す必要ないくらい脚長いですね、とか言われてすっごく照れてたの!……私だってそう思ってたけど、デレデレしてるんだもん」
「そんなんで妬くなよ、って一瞬思ったけどノロケじゃんそれ!」

思わず大声が出た。婚約者自慢にしか聞こえない。あぁ、面倒だ、心の底から面倒だ。もうお前帰れよ、と部屋に戻ろうとすると、それだけじゃないの、と腕を引かれた。

「私のドレスも色々見てもらったのよ」
「……どれでも似合うって言われたって話なら聞かないから」
「違うの!」

立向居ならきっとこう言うだろうと思っていた予想は外れた。じゃあ何だっていうんだ。仕方なしに、一度立った椅子に座り直した。

「立向居くんがこれがいいって言うドレス、全部ヒラヒラのフリフリなの。学校の人たちや生徒も呼んだのに、恥ずかしいくらい可愛い乙女チックなドレスばっかりいいって言うのよ?大人っぽいマーメイドラインのシンプルなやつとか素敵だったのになんか違うって言われちゃって」
「……で、どーしたんだよ」
「結局、意見が合わなくて保留してきたの。ねぇ木暮くん、どっちがいいと思う?」
「どっちでもいいよ別に」
「もう、真面目に聞いてるの!」
「……んじゃ鬼道さんに決めてもらえよ。それならお前もいいだろうし、あいつだって文句言えないじゃんか」
「そっか、そうだよね!ありがとう木暮くん!」

どちらか俺が決めるのも面倒だったので一番問題が起きないだろう答えを返すと、音無は納得したようで鬼道さんにメールを打っている。まぁ、きっと鬼道さんは「ヒラヒラのフリフリ」を選ぶんだろうな、と思った。

女の服なんて、大抵の男は興味はない。それでも選べと言われたら、そいつのイメージを選択するしかないのだ。立向居にとっては、どんなにうるさくておてんばでも、こいつのイメージは恥ずかしくなるくらいのヒラヒラやフリフリの似合う可愛い女の子なんだろう。あれ、やっぱりこれただのノロケじゃんか、返せ俺の時間。

「木暮くん?何考えてるの?」
「お前さぁ、そんな風に思ってくれる奴滅多にいないんだからなー、俺だったらジャージだよジャージ」
「……何の話?」
「さっさと帰れって話だよ」

とはいえ、そろそろ立向居は木枯らし荘に音無を迎えに来るんだろう。それで散々ノロケていって、俺はサスケに顔を舐めて疲れを労われるのだ。


むくれている音無を見ていたら、何だか腹が立ってきた。そうだ、結婚式で久々にとびきりの悪戯を仕掛けてやろう。モデルみたいな正装の男と、乙女チックなドレスの女が慌てふためいて飛び上がるくらいすごいやつがいい。
さて、蛙にするか、唐辛子にするか。結婚祝いだ。覚悟しとけよ、ばーか。




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