※シーズンオフは日本の春奈ちゃんの家で同棲している不動さん



今日は朝から天気が良かった。洗濯物を干そうと、出窓を大きくしたようなベランダに出ると、あら、おはよう、とすぐ横の同じような作りのベランダにいた隣の奥さんに声をかけられた。旦那と中学生と小学生の子どもがいるその人も、服やらタオルやら大量の洗濯物を抱えていた。

「おはようございます」
「音無さんっていい旦那さんね、うちの旦那なんて家事全然駄目なの。だからきっと奥さんお仕事頑張れるんだわ、学校の先生よね?」

曖昧に頷きながら、さて誤解はどこから解くべきか考える。まずは俺は「音無さん」ではない。表札に記してあるのは確かに「音無」だが、結婚はおろか、婿になった覚えはない。加えて、ここで暇を持て余して洗濯や掃除をしていたらすっかりご近所さんに主夫だと思われてしまった。訂正するのが面倒なので放っておいたところ、噂を聞いた音無は、養ってあげてもいいですよ?と風呂上がりの缶ビールに口を付けながら楽しそうに笑っていた。あ、でも一応仕事はしてるって言っておきましたよ、普段は遠くで仕事していて、休暇が長いって。その日から、一部の近所の奥さんたちに会うと、何故か本場のマグロの話をされるようになった。
ねぇ、ところで音無さん。隣のベランダから奥さんがこそこそと内緒話をするように近付いてきた。……いつか、誤解は何とかしよう。

「よくお宅に出入りしている男の人がいるでしょう?ちょっと変わった髪型でサングラスの、」
「あぁ、いますね」

変わった髪型でサングラスのここに頻繁に出入りする男なんて一人しか思い当たらない。

「あの人って何者なのかしらって昨日娘に話したらね、音無さんの恋人じゃないかって言われちゃって。あ、音無さんって旦那さんの方ね。私はてっきり実は奥さんの元彼か何かなんじゃないかって思ってたんだけど、ってお昼のドラマの見すぎかしら」
「……え、」
「でも娘の言うことの方が筋は通ってるのよ。音無さんがバイセクシュアルなら奥さんの他に男の恋人がいても不思議じゃないし。いくら音無さんが理解ある旦那さんでも元彼や浮気相手はまずいものね」

あまりの勘違いに絶句した。最近はそういうの、よくあるらしいじゃない?娘の部屋からもそういう本が出てきてびっくりしちゃったわ、と隣の奥さんはシーツを干しながら平然と言ってのけた。眼鏡をかけた大人しそうな中学生の娘の顔を思い浮かべる。隣の子、よく不動さんのこと見てますよね、やっぱり女の子なんですねぇ、と何か誤解している様子だった音無に真相を話すべきか。考えつつ洗濯を干していると、残りは洗濯ネット一つになっていた。

白いネットから深い赤が透けて見えるそれは部屋に干すか、と考えていると、ピンポン、とチャイムの音がした。娘の趣味について延々と話している奥さんに会釈して部屋に戻り、玄関に向かう。あいつか、それとも鬼道くんか。鬼道くんだったらこれを部屋に干すのは少し待とう。一度部屋に干してあったテロテロした赤に黒レースのそれ、音無曰く「勝負下着」を見た鬼道くんは、まるでヤクザのように、随分いい身分だな不動、何だこれはあの生贄衣装を意識してか?と睨みをきかせてきた。
インターホンに出ると、影山と申します、と幼い声が聞こえた。その名前に一瞬ゾクッとしたのはさておき、甥の方か、とドアを開ける。

「すみません、音無先生の忘れ物を取りにきました。お家に人がいるって伺ったので。……あれ、不動さん、ですよね?」
「あぁ。あいつ何忘れた?持ってきてやるよ」

きょとん、と幼い顔をさらに子どもっぽくした影山は、少し間を置いてからガクガクと震え始めた。……たぎどろ……。何だよ?と顔を覗き込むと、ポケットから携帯を取り出して突きつけられた。

「し、下着泥棒っ!早く部屋から出ないと警察呼びますよ!……不動さん、確かに昔は悪かったらしいって聞きましたけどこんなことするなんて……」

はた、と手に持っていた派手な色の布に気付く。おい待て、と影山に手を伸ばすと、やめて下さい変態!と叫ばれ、ひそひそと近所の主婦たちが話す声が聞こえてきた。



「……大変だったんですねぇ」
「……鬼道くんもキャプテンも普段あいつどういう鍛え方してんだよ。サッカー始めて数ヶ月のシュートじゃなかったんだけど」
「……輝くん、才能ありますから」

一度部屋のドアを開けた後、慌てて消毒液を買って戻ってきた音無は、困ったような顔をしながら事の顛末を聞いていた。やりましょうか?という言葉を遮って、鏡を見ながら顔にそれを付ける。あ、忘れてました、と音無は口元を手で抑えながら声を上げた。

「不動さん、ただいま帰りました!」
「……おかえり」

やっぱりおかえりって言ってくれる人がいるっていいですね、とにやけている頬をむにっと引っ張ってやった。そんなの、とっくに知っている。シーズンが終わってここに帰って聞く、耳が痛いくらいの大きさの「おかえりなさい!」に、何度柄にもなく頬が緩みそうになったことか。わざわざ言ってなんてやんねぇけど。








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