口を挟む隙も与えられなかった。文化祭の演劇に学校の看板とも言えるサッカー部の部員を出す、そこまでは納得した。だが、自分が出されるとは思っていなかった。松風もそう思っていたらしく、おれですか?と目玉が飛び出そうな顔をしている。
先輩たちの話によると、これは一年が行うのが慣例らしい。けれど、どう考えても向いていない。準備を取り仕切っていた顧問の彼女に視線を向けると、言わんとしたことに気付いたらしい。

「だってうちのエースと、キャプテンまで務めた一年生だもの。主役には妥当でしょう?」
「……いや、でも」
「剣城くん、これはただの劇じゃないの。来年の部員確保の目的もあるのよ。名門雷門サッカー部が怖いところだと思っている子たちに親しみやすさを与えるの」
「剣城、文句あるならおれと代わってよ」

それは断る、と制服の上からひらひらのスカートを穿かされた松風の言葉を制した。うーん、声質的に天馬くんがヒロインの方がいいと思うわ、と音無先生は首を傾げている。大体、まず何でヒロインまで男なのかが謎だ。空野が演って、松風がその相手役の方が明らかに違和感はない。それなら、自分もこんな目には合わない。

「この方が話題性があるじゃない。それに、マネージャー志望の子は憧れの男の子が女の子とするラブシーンは見たくないらしくて。あ、去年は神童くんと霧野くんが演じて勘違いした子も多かったらしいけどね」

想像して、だろうな、と先輩たちの苦労を思いやって深く嘆息した。とにかく、素敵なラブストーリー演じてね、と楽しそうに彼女は言う。


だが。女とさほど変わらない声といえど、普段ボールをぶつけまくっている男が相手だ。真面目な顔で、「わ、わたしを攫ってもらってもかまいません!」と妙に力強く意気込まれ、思わず「……おい、攫う気になるか」と答え、音無先生に、はいストップー、と声をかけられた。
余談だが、この台本は彼女と空野作成の、どこか探せばありそうな、婚約者のいる金持ちのお嬢様と彼女に惚れた男の逃亡劇、らしい。女子のロマンが詰まっているという。

「剣城くん、そこ攫うところよ?」
「そうだよ、おれ真剣に台詞言ったのに。攫えって」

あ、天馬女の子役なんだからそんな言葉使いしないの、と嗜める空野の後ろで、狩屋がすっげーコント、とゲラゲラ笑っている。もう、全然駄目ね、と考え込む音無先生に、だったら役を降ろしてくれと願ったが、彼女には届かなかった。届かなかった上、とてもきつい一言を浴びせてきた。

「天馬くんは台詞言えているからまぁいいわ。剣城くんは、ちゃんと言えるまで部活には行かせません。行きたかったら頑張ってね」



確かに、相手が松風なのに文句は付けた。だが、この状況はこれで勘弁してほしい。机を片付けた教室の中心で、口に出すのも恥ずかしい台詞を何度も乞われている。
けれど、これをクリアしないと部活に出してもらえない。目の前で大真面目に台詞合わせをする音無先生相手に、どうにか半分まで進んだ。ちょっと休憩しようか、と彼女が言い、二階の窓からグラウンドを眺めた。

「ここから見ると、サッカー部も違って見えるわね。早く行きたいでしょう?」
「……はい、切実に」
「ごめんね、無理させて。本当は断りたかったんだけど、サッカー部目立つことしちゃったから理事長が騒ぎの分入学希望者確保のためにやらせるって聞かなくて」
「……なら、仕方ないです」

少なからず、自分にも責任はある。お願いします、と軽く頭を下げた彼女が小さく笑う。大人も大変ですね、と声をかけると、そうね、と彼女は答えた。だからこんなベタなラブストーリーに憧れちゃうんだわ。これ、憧れるんですか?ええ。だから格好よく演じてね。

「……できるだけ、頑張ります」

うん、ありがとう、と彼女は優しく微笑む。ただ、あんまり期待しないで下さい、と付け加えると、大丈夫よ、と背中を叩かれた。

「サッカー部の子は、みんなわたしにとってはヒーローよ。自由にサッカーができる世界に連れ出してくれた人だもの。剣城くんに出来ないわけないでしょう?」

自信持ってね。青空と同じ色の瞳と視線がぶつかり、目も逸らせずに言葉に詰まった。風、強いから窓閉めようか。ひらひら舞うカーテンを押さえながら提案した音無先生の手からそれを引っ張り、自分ごと彼女を閉じ込めた。

「……愛する貴女が、それを望むなら」

白に包まれた空間で、台詞の一部を口にすると、表情を止めた彼女が何かを言いかけてやめ、わざとらしくまばたきをした。

「……やっぱり、適役みたい。すっごくドキドキしたもの」

その調子でね、と顔を逸らした音無先生の髪に、空いている方の手で触れた。誰か来たら困る、と首を横に振られた。台詞の続き元の場所でしよう、ね?微かに声が震えている。きっと、演技なんかじゃないことには気付いているんだろう。
わかっているくせに、わかっていない振りをするのは大人のずるさだ。だから、少しくらい子どものエゴに困ってもらってもいいと思った。それに、もうやめよう、と告げる言葉と、瞳を潤ませるせつなげな面持ちは全然合っていない。そんな顔で引け、と言われる方が無理だ。

ここなら誰にも見られない、とふわりとした髪を指で避け、覗いた彼女の耳に唇が触れそうな距離で告げた。
光を遮る布一枚隔てて、喧騒が少し遠くに聞こえる。








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