※新旧ツンデレサンドだけどとてもくだらない。鬼道監督時代でゴッドエデン後。
最近練習が終わった後、なかなか生徒が部室から出てこない。やっぱり兄の練習がきつすぎるのかもしれない、と春奈は案じた。すう、と深呼吸して部室のドアを開ける。
「もう戸締りしちゃうわよ……って、みんな何があったの!?」
部室の中は異様な光景だった。大半の生徒が床に座り込んで頭を垂れ、唯一剣城だけが春奈に背を向け、その場に立っていた。一人の生徒が、春奈の声に顔を上げた。
「……音無先生」
「神童くん、どういうこと?」
「……すみません、俺たちの力不足なんです。みんな剣城にやられてしまいました」
「!?」
春奈の脳裏にいつかの剣城が蘇った。サッカー、しようぜぇ?と、部員をこんな風に叩きのめした姿。まさか、どうして。ゆっくりと剣城が振り返る。
「……キャプテン、誤解されるんで。ゲームしてたんですよ」
「……ゲーム?」
剣城はパラパラ、と持っていたカードを見せた。それは巷で流行っているサッカーカードゲームのカードだった。昔、少しだけ似たようなものをやったことがある。
春奈は胸をほっとなで下ろした。よくよく考えれば、中学生の勝負事とはこれがあるべき姿だ。少々変わった人生経験をしてきたので忘れがちだが、サッカーで人を傷つけたりする方が異常なことなのだ。
「これ、今はこんな感じなのね。あ、兄さんのカード。ふぅん、監督カード?」
こんなカードあるんだ、と春奈が感心していると、側にいた天馬が立ち上がった。
「最初はそんなことなかったんですけど、剣城が本気出したら強くて誰も勝てないんです。よし、もう一度勝負だ!」
「いいだろう、何回やっても結果は同じだがな」
悪役の言いそうな台詞に剣城は全く違和感がない。男の子ってやっぱりわからないなぁ、と呑気なことを春奈が考えていると、数分もしないうちに天馬が床に膝をついた。
「……音無先生、俺、勝てませんでした……」
「甘いんだよ、お前は」
天馬がまるで遺言のようなことを言いながら春奈に手持ちのカードを渡し、その場に倒れた。正確に言えば、眠りこけた。つまりは厳しい練習で脳内物質が出放題のおかしなテンションでゲームをし、疲れが限界に達した生徒たちは床にバタバタと倒れていったのだ。中学生とは、馬鹿なことをしていても自分では全く気がつかないお年頃である。
「じゃ、相手もいなくなったし俺は帰ります」
「……待って。わたしが相手よ。天馬くんに託されたもの」
帰ろうとした剣城に、春奈は天馬から渡されたカードを握り締めて声をかけた。生徒も疲れているが、このチーム、顧問もまた兄や生徒の心配や、理事長の小言でかなり疲れているのだ。加えて、わりとその気になりやすい。
「……負けたわ、ごめんね天馬くん」
「……あの、音無先生。久しぶりで勝手がわからなくて勝てる人は多分いないんでそんなに気にしなくても、」
「剣城くん、敵に情けをかけないで。次は負けないから」
しばらくして、春奈もまた床に座り込んだ。剣城は非常に気まずくなった。一瞬、自分は何をしているのだろうかという考えが頭をよぎったくらいだ。だが、剣城はやはり中学生だった。まだすぐに現実に戻れるほど大人ではなかった。
「いつでも付き合いますよ?別にカードじゃなくても構わないですし」
「その言葉、後悔するんだから」
次の日から、春奈は空き時間に密かに剣城にトランプやら対戦格闘ゲームやらで勝負を挑んだが、全く歯が立たなかった。ゲームには一種の才能が必要だ。集中力、頭で考えたことをすぐに行動に移せる俊敏性、相手を読む力。剣城のそれらの全てが、春奈を上回っていた。
負けを重ねるうちに、次第に趣旨が変わってきた。春奈はこうなったら自分が勝つというより、絶対に剣城の負けた姿を見てやろうと思うようになった。そして、助っ人を頼むことにした。
「……ゲームでガキに勝ちたいってオマエいくつだよ?そんなこと鬼道くんに頼めって」
「だって悔しいんです!兄さんすごく忙しいんですよ。お願いします、不動さん!」
「……別に俺も暇じゃねぇんだけど」
「あぁ、そういう意味じゃないです!不動さんの実力見せて下さいよ、お礼はしますんで!」
用事は済んだのに日本にいて時間がありそう、わりとどんな手を使っても勝ちそう、子ども相手でも手加減をしなそう、などという理由で春奈は不動に頼み込んだ。散々なことを考えた人選だが、何だかんだ言って不動は昔よりかなり丸くなっていた。土下座する勢いで頼む春奈に結局は折れた。
「剣城くん、今日は不動さんが相手をしても構わない?」
「別に、誰だろうといいですよ」
「……んじゃ、何で勝負するか妹ちゃんが決めろよ」
「そうですねこれはどうですか?」
春奈が選んだのは、誰もが一度はやったことがあるスライム系落ち物ゲームだった。これなら世代の差もあまりなく、運に左右されることもあまりない。剣城も不動も納得したのでゲームを開始する。
「へぇ、結構やるじゃん」
「……不動さんも」
春奈もこの手のゲームは得意な方だったが、二人は見事に落ち物を組み合わせて消していく。
このゲームはだんだん自分が消した分だけ相手に与えられる邪魔な落ち物が異常に増えるというルールがある。最初のうちは余裕顔だった剣城と不動も、ゲームが進むうちに真剣に落ち物を消していく。一つのミスも許されなくなるのだ。二人、いや三人はまばたきすらしていない。
「おい、音無、」
「何ですか?不動さん集中しないと負けちゃいますよ」
勝負所で不動は春奈に声をかけた。剣城にも聞こえるように会話を続ける。
「鬼道くんの前でチューな」
「え?」
「勝ったら礼してくれんだろ?」
「え、お礼ってそういうのなんですか!?」
「!?……チッ、」
会話に気を取られた剣城が僅かに手元を狂わせた。そこに、不動が邪魔な落ち物を消し場所がない程落とす。勝負はついた。
「中学生は純だねぇ」
「……卑怯です」
「あ、そういうことですか。不動さんって穏やかになってもやっぱり悪い人ですね。もう、びっくりしたじゃないですか」
「冗談とは言ってねぇよ?」
「……不動さん、兄さんからかって遊ばないで下さいよ」
剣城くん、みんな負けるからこそ成長するのよ?春奈は悪い大人の戯言に惑わされて負け、落ち込んでいる剣城に少し教師っぽい台詞を言う。ずっと勝ったら(別に自分が勝ったわけではないが)こう言おうと決めていたのだ。不動はすっかり呆れ顔だ。
「……ガキ」
「もう、どうせわたしは子どもですよ」
「色んな意味でな。で、鬼道くんどこだよ?」
「……え、本当にするんですか?」
ぱちぱちとまばたきをする春奈を連れて部室を出ようとした不動の肩を剣城が掴んだ。
「……すいません、もう一度いいですか」
「別にいーけど、オマエの大事な先生に次は何してもらうかな」