※婚約中の吹春+アツヤ



ピンポン、ピンポン、と何回も鳴るインターホンに、重たい頭を片手で押さえながら玄関のドアを開けると、アツヤさんが少し雪を髪に付けて立っていた。せっかく来てやったのに寝てたのかよ、って酒臭いな、とまるで自分の家のように上がり込み、春奈、なんかあったかいやつ、と炬燵に入り背中を丸めた。
アツヤさんは、兄貴もこれかよ、と炬燵で眠っている吹雪さんを見ながらため息を吐き、テーブルの上の空き瓶や缶を片付けている。慌てて紅茶とごみ袋を持って行くと、きちんと瓶と缶を別に袋に入れてくれた。

「すいません、今日アツヤさんが来るから吹雪さん昨日珍しくお酒飲んでて、わたしも付き合っているうちに二人で眠っちゃって」
「ったく、兄貴も兄貴だけど嫁も嫁だな。あ、まだ嫁じゃないのか」

まだ一応音無です、と二人で温かい紅茶を啜る。きっと吹雪さんも久しぶりで楽しみだったんですよ、とアツヤさんに言う。吹雪さんは普段は付き合いでくらいしかお酒は飲まないのに、昨日は日本酒の瓶を抱えて帰ってきた。
ふぅん、と頷いたアツヤさんが吹雪さんのほっぺたを抓ると、あれ、気付いてたんだ、とぱちりと目を開けた吹雪さんがふわりと笑った。

「やっぱりタヌキか。楽しみだったなら起きろよ」
「もしかしたら寝てるふりしたらアツヤが春奈さん口説いたりするかなぁ、と思って」
「そりゃ残念だったな」

兄貴、なんだよその寝癖みたいな髪。……お洒落なんだけど。アツヤって鏡見たことある?兄弟のやりとりを眺めながら吹雪さんの分の紅茶を煎れる。久しぶりだね、アツヤ。あぁ、結構忙しくてな。そうなんだ、元気そうでよかったよ。吹雪さんもアツヤさんも、とても柔らかく笑うので、わたしも何だか嬉しくなった。

「でも、顔出してくれてよかったよ。弟に結婚の報告くらいしておかないと」
「なんつーか、兄貴はぼーっとしてるくせに変なとこで律儀だよな」
「アツヤさん、ふつつか者ですがよろしくお願いします」

頭を下げてかしこまって挨拶をすると、ふつつかなのは知ってるって、とからりと言われた。二日酔い気味の姿を見られていたので、う、と口ごもると、アツヤ、早速お姉さんいじめないでよ、と吹雪さんが助けてくれた。春奈が姉さん、ねぇ、ははっ、おかしいな、とアツヤさんは声を上げて笑った。ま、上手くやれよ。うん、大丈夫。
それから、朝ご飯兼昼ご飯を作って三人で食べ、しばらく色々な話をした。
来てすぐのときもそうだったけれど、アツヤさんは吹雪さんと違って片付けを手伝ってくれたりする。意外とマメなんだなぁ、と思っていると、昔っから兄貴がのんびりしてるから面倒だけどつい先にやっちまうんだよ、と何だか納得する理由を教えてくれた。それを聞いた吹雪さんが、だから彼女出来ないんじゃない?と真顔で言い、腕ひしぎ逆十字固めをかけられていた。

夕方になると、俺そろそろ帰るな、とアツヤさんが立ち上がった。

「もうですか?ずいぶん早いですね」
「そうだよ、もう帰るの?」
「だから忙しいんだって。俺今入ってるチームでエースだし仕方ないだろ?またそのうち来るって」

ポンポン、と吹雪さんとわたしの肩を叩いたアツヤさんが玄関に向かったので、二人で見送った。
吹雪さんが何だかとても寂しそうなので、片手をぎゅっと握る。じゃあな、ごちそうさん、とアツヤさんが手を上げた。

「夏にはまた来るよ」

あ、それかお前らにガキでも出来たら来てやってもいいけどな、と舌を出してからかうようにアツヤさんは言って、ぱたりとドアを閉めた。
玄関先に舞った雪が少し入って来ていた。吹雪さんの手をそっと引いて部屋に戻る。ずっとテーブルの上に散らかったままの瓶と缶を片付けなくてはいけない。

人に話したら、夢か酔った幻想だと言われるんだろう。でも、きっとそうじゃない。
だって冬が来る少し前、青い空にすうっと伸びる飛行機雲があんまりきれいで、涙が出るくらいきれいで、つい吹雪さんとお酒を飲んだその日、お父さんとお母さんに会った。
わたしの大切な人、と紹介した吹雪さんを見たお母さんは、わぁ、きれいな男の子、私の息子は二人ともいい男なのね、ときゃあきゃあ喜び、お父さんは、春奈を念入りに念入りに頼んだ有人が認めたならまぁ仕方ないな、と少し眉を下げて、兄さんのように笑ったのだ。


「夏には、アツヤさんもお父さんとお母さん連れて来てくれるといいですね」
「うん、そうだね。一人で突っ走るところは変わってなかったみたいだ」

吹雪さんが少しだけ下手な笑顔で頷いた。

冬を惜しむように降るこの雪が止めば、もうすぐ春が来る。春が来たら夏が来て、秋が来て冬が来る。目まぐるしい季節の中で、わたしたちは時々ほんの少しだけ立ち止まって、愛しい大切な人たちを懐かしむ。
同じようにそうしてくれる人が隣にいる、幸せってきっとそういうことだ。




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