※鬼道監督時代



鬼道有人の右腕といえば佐久間次郎というのは広く知られている。佐久間は何を置いても鬼道の為に力を尽くし、鬼道が誰よりも先に協力を求める存在が佐久間である。それは中学時代の帝国キャプテンと参謀から始まり、最近では鬼道の帝国総帥就任の折に佐久間はコーチ職に就いた。そんな関係のせいか佐久間のことを鬼道の付属品のように見ている人間もいるが、それは大きな勘違いである。


佐久間の交際相手は音無春奈という女性である。彼女は雷門中の顧問にして、現在革命に協力するため、雷門中の監督をしている鬼道の実妹だ。断わっておくが、佐久間と春奈は純粋な恋人同士である。佐久間が鬼道の信頼をより深いものにしようだとか、鬼道が妹の存在で佐久間を繋ぎ止めておこうだとかいう考えは絡まない、という意味で。勿論出会いのきっかけは鬼道その人であり、二人ともとても彼を慕っているという共通点はあるが。

話が逸れた。つまりは、佐久間は春奈を本当に想っているのだ。だからこそ鬼道のいない時間を狙って雷門に所用を片付けに来た。帝国を任されたこともあり、ワーカホリック気味な彼女と近頃ゆっくり会えないのを気にかけてのことだ。この男は女性と見紛うばかりの恐ろしいくらいの美形だが、その実行動力はかなりある上、情に厚い。それ故、鬼道に敵として挑んだ過去については本人曰く黒歴史らしいのでここでは省略する。

帝国は本日は休養日なので、雷門中に赴けば春奈と一緒にいられると見込んでの行動に間違いはなかった。なかったのだが、彼女は中々に忙しい上生徒に信頼されている。手伝いを申し出てFWの練習を任された佐久間と、監督不在の練習の責任者の春奈が落ち着いて話す暇はなかった。挙句、春奈の周りにはサッカー部という場所故男子生徒が絶えない。当然、情に厚い佐久間は年甲斐もなく嫉妬心を抱くのだが、彼は春奈にそれを見せることはない。
春奈にフォーメーションの確認をする神童や霧野にはさりげなく「俺も一緒に考えよう」と元参謀の顔で声をかけ、無邪気に春奈に近い距離を取る一年生たちには「女性にあまり近づき過ぎると失礼に当たるから気をつけような」と美しい顔に微笑を浮かべる。この男、実は自分の整いすぎて相手に怖がられてしまう容姿は、逆手に取れば少し優しくするだけで「いい人」のポジションを得られることを知っているのだ。そのギャップに女子マネージャーたちは軽く頬を染め、春奈の方が焼きもちをやく結果になった。

「あの、佐久間さんはわたしの隣で笛吹いてて下さい」
「選手の指導はいいのか?」
「えっと、笛上手いじゃないですか!兄さんが佐久間さんの笛はどんなペンギンでも寄ってきそうって言ってましたし」
「……そう言われたら、やるしかないな。笛、貸して」

春奈が首に掛けていた笛を差し出したのを「直接じゃなくて間接キスなんて何年振りかな」と冗談めかして受け取るのも、周囲が耳をそば立てているのを知ってのことだ。頬を染めた春奈が佐久間の肩を軽く叩いたことで、二人の関係を理解した生徒たちが驚きや落ち込みの表情を浮かべる。ちなみに、春奈は佐久間がふとそんな言葉を零すのは若干天然要素があるからだと思い込んでいる。

「音無先生と佐久間さんって恋人なんですか?」
「……ええ、まぁ」
「悪い。内緒にしてた方がよかった?」
「……遅いですよ、もう」

葵の質問に春奈は軽く頬を膨らめ、佐久間は少し申し訳なさそうな表情をする。これもまた二人の近しさを周囲に示す結果となった。何も聞けない男子たちに反して、茜と水鳥も食いついた。

「……音無先生、わたし馴れ初め、聞きたいです」
「え?……えっと、ちょっとしたきっかけで佐久間さんがわたしの側にいてくれるようになって何となく、っていうか」
「あぁ、傷物にした責任を取ったってやつだよ」
「佐久間さん!?」
「……まぁ音無先生が幸せならあたしはいいと思うけど、結構手が早い人なんだな」
「それは、本当に悪かったと思ってる」
「佐久間さん!」

誤解されるじゃないですか、と袖を引っ張る春奈の予想通り、生徒はみなその言葉に赤くなったり青くなったりしている。実際はイナズマジャパン当時に、うっかり春奈の手に味噌汁をかけてしまった佐久間が責任は取るから、と彼女の近くにいるようになった結果粘り勝ちで交際するようになったのである。余談だが、味噌汁はそう熱くはなかった上、春奈には火傷一つない。
そんな馴れ初めでわかる通り、この男はかなり根気もあったりする。血の滲む努力の結果世界一のチーム入りを果たした経験の持ち主でもあるのだ。行動力があり、情に厚く、根気もある上、長年鬼道の近くにいてその策略を学び、何より信頼をも得ている。実際彼以外にあの兄が妹の交際を許す男はいないのかもしれない。
あ、悪い、と佐久間が端正な顔を緩め親しい者だけに向ける笑みを浮かべると、そんな顔されたら何も言えないじゃないですか、と春奈は引き下がった。佐久間は自分のあまり人前では見せない笑顔が彼女にとても効果的なことを知っている。それをわかった上で、佐久間は春奈のかつて味噌汁をかけた手を取り、唇を落とした。「でも、約束したのは本当だろ」と告げながら。

春奈は佐久間を、女性と見紛うばかりの恐ろしく整った容姿のわりにどこか抜けていて放っておけない人間だと思っている。だが、ペンギンが肉食であるように、この男は心に決して狙った獲物を逃さない獣を飼っている。本人がそれを心から好んでやっているが、鬼道有人の付属品という器には本来収まりきらない人間なのだ。




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