※金田一蓮十郎さんの漫画「ライアー×ライアー」のパロっぽいもの。未読の方でも大丈夫かと。




たまたま家に遊びに来ていたリカさんが、まだいけると言うので、高校のときの制服を着て街に出たのはほんの遊びのつもりだった。ナチュラルな付けまつげや、明るい色のチークとリップでメイクしてもらい、ちょっといつもより幼く見えてついその気になってしまったのだ。髪をポニーテールにして、眼鏡をかけたら我ながらぱっと見は女子高生に見える。
仕上がりに満足したリカさんがちょっとこれで遊びに行こうというので、日曜の昼間の繁華街に出た。そうして、たまたまリカさんが彼氏からかかってきた電話を取ったときだった。


すれ違った見慣れた顔の男の子がもう一度戻って来て、じいっ、と穴が開きそうなくらいこっちを見て「……音無先生?」と首を傾げた。あまり感情の波を表さない瞳が、明らかに訝しがっている。まずい。毎日顔を合わせているサッカー部の子に気づかれた。23にもなって女子高生のコスプレをして歩いていたのが生徒に知られるなんて恥ずかしすぎる。今、木暮くんの落とし穴があったら迷わず自分から飛び込んでいる。
数秒呆けた後、その男の子、南沢くんの唇が動きそうになった。きっとこんな姿で何をしているのか尋ねるのだろう。そう思ったとき、不意に喉の奥から声が出た。

「……あの、人違いじゃないですか?」
「……人違い?」

咄嗟に吐いた嘘に、南沢くんはもう一度こっちを見つめた。リカさんの電話はまだ終わらない。眉間に皺を寄せて考え込んだ南沢くんは、しばらくしていつもの落ち着き払った顔に戻った。ごめん、知り合いに似てて。ううん、人間間違えることだってあるから気にしないで。なるべく顔を見ないように言い、リカさんの肩を叩く。とにかく、一刻も早くここから逃げたかった。
なのに、あのさ、と腕を軽く引かれた。

「マジで似てるから、写真撮っていい?」

取り出された携帯に、戻りかけていた血の気がさあっと引いた。撮った写メを部員に見せられたら感づかれるかもしれない。えっと、ご、ごめんね無理、と謝ると、そうだよな、と南沢くんは少し困ったように自分の髪に軽く触れた。まさかやっぱり気づいて…る?いや、まさか。

「知り合いでもないのに悪いよな。だから友達になってくれない?」
「……え?」

これはもしかして、ナンパというやつなんだろうか。されたことがないわけじゃないけど、こんな年下の子相手は初めてだ。
そういえば、南沢くんは同じ学校、他校問わず常に何人か彼女がいる。けれど、女の子に話しかけられても愛想を振りまくタイプではないので、自分から声をかけたりはしないんだと思っていたから少し意外だ。じゃなくて。生徒に声をかけられ、どうすればいいんだろうか。

考えている間に、どないしたん?と電話を終えたリカさんがきょとんとした顔をしていた。助かった。ごめんね、急ぐから、とリカさんの腕を取って歩き出そうとしたところで、南沢くんは鞄からノートを取り出してさらさら、と何かを書いてちぎった紙を手渡した。

「連絡、してくれるの待ってる。また会いたいから」
「……え、ちょっと、」

何なん?春、と名前を呼びかけたリカさんの口元を抑え、慌てて行くあてもなく走った。こっちを見る、いつもとは少し違う雰囲気のあの視線に耐えるのはもう限界だった。


もー何?と頬を膨らめるリカさんに、入ったカフェで事情を説明すると、それはもうリカさんはお腹を抱えて大笑いした。

「教え子にナンパ?でもバレへんかったんやからうちのメイク大したもんやなぁ。ええやん、ちょっと遊んでみれば。キレイな顔の子やったし、中学生相手やったら彼氏いない暦=年齢でどうやって男と付きおうたらええかわからん春奈でもレベル一緒やからいけるんちゃう?」
「……一応、それ気にしてるんですけど」
「不思議やなぁ。世間ではアンタ一級、まではいかんけど二級フラグ建築士の資格くらい持ってそうな扱いなのに。ま、これをいいチャンス、くらいに思わんと一生一人かもしれへんで?」
「でも、生徒ですよ?それにたぶん、わたしよりかなりレベルあります。泣いて相談に来た女子生徒もいるんですから」

ぷくぷく、と行儀悪くストローに息を吹き出す。ま、コレ貸したる、とリカさんは化粧ポーチの中からさっきのメイクに使ったコスメをバラバラと取り出した。いいですよもうしないですし、と遠慮してもまぁまぁ、と鞄に突っ込まれた。結局、渡された電話番号の紙と一緒に鞄の中にしまったものの、それはもう役に立つことはないはずだった。




それでも次の日、何となく気にかかって南沢くんの様子をこっそり窺った。何だか練習の合間にもちらちら、と暇があれば携帯のディスプレイを見ているような気がしてしまう。まさか本当に電話を待っているわけないのに。そこに、バン、と効果音でも付きそうな勢いの水鳥さんが仁王立ちで立ちふさがった。

「……先輩、どういうつもりですか」
「……あ?」
「あたしの知り合いが、先輩に捨てられたって泣きついてきたんですけど」
「……邪魔だから電話してくんなっつっただけだよ、別に捨てたとかじゃない」

はぁ?と今にも手が出そうな水鳥さんを、葵さんと茜さんと一緒に取り押さえる。そのとき、ふと南沢くんと目が合ったけれど、一瞬で逸らされた。昨日あんなにもこっちを見てきた人物とは別人のようだった。
仮にも自分に惚れた子に邪魔はないだろ、と怒っている水鳥さんを宥めていると、葵さんが南沢先輩、振られたことなさそうですもんね、と言い、茜さんが頷いた。たしかに、自分が同じ思いをしたことがない人にそれは相手が悲しむ、と言っても理解ができなくても仕方ないのかもしれない。だって知らないのだから。


三人を帰した後、普段はネット専用にしているiPhoneの通話画面に指で触れる。これなら、普段部員にかける番号とは違うからバレないだろう。

一度別人として会って、冷たくする。そうすれば、南沢くんも少しは素っ気なくされた相手の気持ちがわかるようになるかもしれない。そんな年長者ぶった余計なおせっかいが、まさかとんでもない方向に発展するなんてこのときはまだ想像もしていなかった。








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