※近親要素ありの鬼春+神童くん



ざあざあ、と雨が振る日、鬼道コーチが学校に忘れて行った携帯を届けに、資料に書かれた住所を訪ねた。てっきり財閥に住んでいるのかと思っていたが、そこは学校からほど近くのマンションだった。最上階の角部屋。オートロックでもなければ、警備員もいない部屋のチャイムを鳴らしても、返事はない。……おかしいな。外から見たときには、閉じられたカーテンの隙間から光が漏れていたのに。もう一度押してみても、反応はなかった。
仕方ない、明日渡そう。もし必要になったらこれに電話がかかってくるかもしれない。そう思い、踵を返そうとした、その時だった。

がたり、と部屋の中から物音がした。室内犬や猫でも飼っているんだろうか。それとも。
頭に浮かんだのは、泥棒かもしれない、という予想だった。ここは警備が手薄で、鬼道コーチは金銭的に余裕がある。よく考えたら、恰好の獲物ではないか。ドアノブに触れると、鍵もかかっていなかった。

お邪魔します、と心の中で告げ、そろそろ、と部屋の中に入ると、また物音が聞こえる。もし泥棒なら、見つからないように部屋を出て通報する、と段取りは決めていた。唾を飲み込み、音のする部屋のドアノブに手をかけた。


ドアの隙間から視界に入ったのは、筋肉の付いた裸の背中と特徴的な質感の茶色い髪だった。その首に絡みつく女性らしき細い腕。加えて場所がベッドの上、ということは、そういう行為の最中と察するのが自然だ。間近で見るそのあまりの生々しさに言葉を失った。

こういうことの覗きをするのはプライバシーの侵害で、それでなくてもこれではただの不法侵入だ。大人が自宅で恋人と過ごすのは不自然なことではない。ドクドクドク、と音を鳴らす心臓に言い聞かせた。舌足らずな女性の声と、行為の鈍い水音が耳に張り付く。駄目だ、早くここから出よう。頭ではそう思っているのに、体が鉛を付けたように重い。

それでも足を動かそうとした一瞬、嬌声も水音も止んだ。慌てて、上げた足をそうっと下ろす。人間の乱れた二種類の呼吸音だけが部屋に響く。
呼吸音が静かになると、すっ、と鬼道コーチは女性の背中に腕を回し、抱き起こした。その時、柔らかそうな深い青の髪が目に入った。


(……おとなし、せんせい?)


鬼道コーチに縋る頭がこちらを向き、顔もはっきり見えた。瞳の雰囲気がいつもの明るさを持っていなかったけれど、あれは。体が、血の気を失っていく。

気付いたときには、傘をさしていた。どうやって部屋を出たのかすら覚えていない。



次の日も雨だった。昨日から、あのことだけを考えている。あれは本当に音無先生なのか。二人は本当は兄妹ではないのか。この辺りまでは、そうであってほしいと思えど可能性は低い。
現実的な見方をすると、だ。色々調べた結果、性的虐待の大半は肉親によるものらしいということを知った。そして、だからこそ被害者はそれを表沙汰にできない上、長期化してしまうという。尊敬するコーチを疑いたくはないが、まさか。だとすれば、然るべき対処をするべきだ。しかし、どうやって。

ファンだという女の子に話しかけられ、まるで内容は頭に入らなかったが頷いていると、音無先生が廊下を通りかかった。彼女は、いつもの明るい瞳をしていた。

何メートルも離れているのに、視線がぶつかった。音無先生がにこりと微笑み、その口元が声を出さずにゆっくり動く。


(ひみつ、よ?)


あんまりその笑い方がきれいで、呼吸の仕方も忘れた。彼女は、美しい蝶のようだった。

俺は大きな思い違いをしていたのかもしれない。彼は蝶を捕えて籠に閉じ込めたのではなく、籠の中に入り込んだ美しい蝶から目を離せなくなっただけなのではないだろうか。
だってその蝶は今、俺の視線も声もこんなにも簡単に奪ってしまった。
つまり、本当に籠の中にいるのは。








人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -