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「猿渡、今日一緒に帰ろうぜ」

「あ、悪い。今日無理」

「は?」

どうやら高木は今日部活が休みらしい。そういえば十月に入って初めての休みではなかろうか。いつもなら二つ返事で頷くのに断られたことが癪に障ったのか、高木は目を細め、いつもより低い声で喋り掛けてくる。


「…何で?」

「大事な用があるから」

「俺より大事な用なのかよ?」

「うん」

即答。
当たり前だ。

彼女の正体がやっと分かるんだ。
これからはメールのやり取りだけではなく、直接話すことが出来る。それなのに高木と一緒に帰ることを優先するわけがない。確かに高木と一緒に帰るのは楽しいけれど、それとこれとは全くの別問題だ。天秤に掛ける以前の問題なのだ。


「だから今日は無理」

「ふーん」

「また今度一緒に帰ろうぜ」

「ああ」

未だに不服そうな面をしているが、どうやら理解してくれたらしい。理解ある友人を持てて、俺は嬉しい限りだ。


「それで?」

「へ?」

「俺以上に大事な用って何?」

「は?普通聞くかー?」

「当たり前だろ?早く言えよ」

「………」

前言撤回。
こいつ全然理解してくれてねぇ。むしろ根に持っているようにも思える。


「何だっていいだろっ」

「気になるだろうが」

「…その話はまた今度!ほら、チャイム鳴ったぜ」

「…おい。ったく」


そう急かせば、高木は渋々と自分の席へと戻って行った。

…悪いな。
彼女との事は全て上手く言ってから、高木に一番に教えるよ。だけど恥ずかしいから、今は内緒だ。


ふー、と溜息を吐き、気を落ち着けていると、背後からの視線に気が付いた。どうやらいつの間にか犬飼が来ていたらしい。


「………」

「………」


こっちを見るな!と言えればどれだけ楽だろうか。
自意識過剰とかではなく、確実に犬飼は俺を見ている。その視線の長さは日に日に増しているようにも思える。それはまるで背中越しに話し掛けられているかのようで気持ちが悪い。
以前の俺ならばここで文句の一つどころか二つ三つくらい言えただろうが、あの時の放課後の出来事を思い出すと中々実行に移せない。



恥ずかしいが、俺はあの時から、犬飼良牙という人物が恐怖対象になってしまっている。





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