√2*10
「ふふふっ」
「チッ、人の顔を見て笑ってんじゃねえよ」
俺が笑っている理由など、会長が分かる訳もなく。
拗ねてしまったのか、プイッと俺から視線を逸らした。
「(円滑に事が進むように猫を被っていたのは、俺だけではなかったのか)」
口が悪いけれど、意外と仲間想い。
ぶっきら棒だけど、意外とお人好し。
素っ気無いようで、意外と面倒見が良い。
そして、重たいくらいの一途な男なんだ。
「かいちょー」
「…あ?なんだよ?」
「俺はね、仕事が出来て、要領が良い人が好きなんだ」
ニッコリと笑って会長にそう言えば。
会長は、俺の言葉を小さな声で繰り返した。
「仕事が出来て、…要領が良い……」
「うん。だからね」
「………愛咲…、」
「俺らの年がポンコツだったなんて言われないくらいに…、いいや。最高の年だったって言って貰えるくらいに、生徒会のお仕事を最後までやり切ろうね」
会長の俺への気持ちは、十分に分かった。
分かったけれど…。今ここで「はい、分かりました。付き合いましょう」とはならない。このクソ忙しい時期に、たった三人でしか仕事を回せていないのだ。愛だ恋だの、現を抜かしている暇などない。
それに。
何より、俺は……俺達は、お互いの事を知らなさ過ぎる。
「とにかく!今は仕事を頑張ろうか!」
「…ああ」
任期満了するまで時間はたっぷりとあるんだ。
…それまでに、互いの事を知ればいい。
それまでに、結論を出せば……いいよな?
******
「おい、こら」
「………ん…」
「元生徒会長様が卒業式の真っ最中に抜け出して、こんな所で居眠りしていいと思ってるのか?」
「…ふん。あいつの話が長過ぎるんだよ」
裏庭に備え付けてある、ベンチの上で寝転んでいる神馬を見つけた。
そして俺はその台詞に、「まあ、確かに…」と多少ながらも納得する。式に参加をしている卒業生も在校生も、半数以上は船を漕いでいた。
現生徒会長は、真面目過ぎる人間なのだ。
「でも、まあ。ランキング上位から強制的に選ばれるよりも全然マシだろ?お前が選んだヤツなんだ。最後くらい、聞いてやれよ」
「…それなら、今から一緒に戻るか?」
「………そ、それは……もう少し休んでからでも、いいかな…」
「だろ?」
俺達は顔を見合わせて苦笑いを浮かべた。
抱きたい・抱かれたいランキング自体は廃止していないが、それらの結果から次期生徒会メンバーを決める事を、俺達は止めた。というのは、それは勿論「副会長」と「書記」の所為だ。…いや、この場合は“どちらの意味でも”、役職名の頭に『元』を付ける必要があるな。
顔が良いヤツが生徒会にならないという事実に、勿論反論は多数あったものの。俺達の重みのある説得が効いたのか、生徒達はこの結論に納得をしてくれた。
「充」
「んー?」
「式が終わったら、買い物行こうぜ」
「いいけど、何を買うんだ?」
「大学で着ていくスーツ」
「…ゲッ。俺場違いじゃねえか。どうせ、クソ高い店だろ?」
「充も買えばいい」
「…んな、金ねえよ」
「バーカ。お揃いのを買ってやるって言ってるんだよ」
「ふん。いらないっつーの」
俺はお前にいくら借金をすればいいんだよ。
「遠慮をする必要はないだろ」
「気持ちだけ受け取っておくよ。俺は、持っている物を着て行くから」
「……ふーん」
あ、拗ねた。
相変わらず分かりやすいヤツだな。
「猫を被っていた時のお前は、もう少し可愛げがあったのにな…」
遠い目をして何を言っているんだ、こいつは。
「“あっちの俺”の方が良かった?」
「いいや。どっちも好きだけど」
「………っ、そ、そうかよ」
「だって、どっちも充だろ」
「…まあ、ね」
くだらない事で拗ねたり、怒ったりして、可愛い反応を見せてくれるくせに。たまにこうして、サラリと恥かしげもなく、とんでもない事を言ってくるから、こちらとしては気が休まる暇がない。
「充」
「……今度は何だよ…?」
「顔、真っ赤だぞ」
「っ、うるせえよ!」
「ふはっ。やっぱり可愛いな、お前」
「………ッ、」
「前言撤回。やっぱり、素のお前が一番だ」
「…っ、ふん」
その言葉に嬉しいと思っている俺はもう末期だ。
『お前が好き過ぎて、どうしようもない』って。
そう言ったら、きっと今の俺と同じように、お前も顔を真っ赤にするんだろうな。
俺はその表情を見たくて、ゆっくりと口を開いたのだった。
END