√1*5
「…なっ、?!」
おそるおそると視線を下に持って行けば。
ズボンの上からでも多少分かる程に、そこには不自然な膨らみがあった。
「ばっ、馬鹿じゃねーの!」
今までの何処に勃起する要素があったというのだ。
ばっかじゃねーの!と、再度同じ罵りの言葉を浴びせたのだが、犬塚からの反応は無し。人前で勃起して恥かしいのは犬塚のはずなのに、何でこうも悠々とした態度で居られるのだろうか。何も悪い事をしていない俺の方が焦って騒いでいて馬鹿のようだ。
「(ただの生理現象だ。冷静に対応してやろう)」
落ち着くために、そして話を立て直すために、わざとらしく「ゴホンッ」と咳払いをする。
「犬塚」
「何だ?」
「寮に帰るか、便所にでも行って来い」
何と優しく男前で紳士な対応だろうか。
きっと目の前の男も俺の優しさに感動しているに違いない。
チラリと様子を伺えば、犬塚は僅かに眉間に皺を寄せていた。…何で?
「お前は鬼か」
「…は?」
「愛咲の所為で勃ったのに、何故俺が一人で処理しなければいけないのだ」
「はぁッ?!」
何で俺の所為なんだよ?と、紳士な対応をする事も忘れて、怒鳴って訊ねれば、犬塚は口を開いた。
話を聞けばこうだ。
「…っ、馬鹿!俺はただ首を噛んで、舐めて、吸っただけだろうが!」
そう。先程日野に腹を立てた時の俺の行動に煽られたらしい。
俺は日野を煽ったはずなのに、何故お前が反応するんだよ。
「好きな奴から、そんな事をされたら反応するに決まってる」
「…うっ、」
「それとも愛咲は俺の心を弄んでからかったのか?」
「、それは…」
そんな事まで考えていなかった。
ただあの時は無性に日野に腹が立って。だって俺の目の前でイチャイチャ、ベタベタするものだから。
「(って、あれ?何で俺はそこまで腹を立てていたんだ?)」
別に俺達は好き同士でも、付き合っているわけでもないというのに。
日頃の苛々が溜まって、過剰反応してしまっただけだろうか?
だけどもし俺がこのまま犬塚を追い出して、犬塚がこの状態にまた日野に会ったとしたら…。そしたら、日野は喜んで自ら進んで処理でもしてやる事だろう。
そんな姿が簡単に目の前に浮かんで、また苛立ちが湧き上がってきた。
「っ、分かったよ」
「愛咲、」
「し、仕方ねぇからな」
俺の言葉に珍しく過剰な反応を見せる犬塚に、俺は今更ながら凄い事を承諾してしまったのではないかと思い始めて来た。
段々熱くなってくる顔。恥かしさを隠すように、俺は早口で言葉を紡ぐ。
「だって、俺の所為みたいだし?いや、別に俺は好きでするわけじゃねぇぞ!仕方なくだ、仕方なく!…何だよ、その目は?!ただ責任取ってやるだけだからな!勘違いすんなよ、ばーか!いいか!今回だけだからな!」と何とも支離滅裂な台詞を吐く俺を見て、犬塚はどう思ったのだろうか。
だけど嬉しそうに俺の手を握る犬塚を見て、もしかしたら俺の選択は合っていたのかもしれない。そんな事を思い始める時点で、俺は少なからずこいつに毒されてきているのだろう…。
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