チャラ男会計の受難 | ナノ


√1*2



エレベーターを使わず徒歩で階段を下りる。すると俺の僅か数歩後ろを歩く犬塚が「危ないからエレベーターを使え」などとほざいているが、敢えて聞こえないフリを貫く。
ふんっ。いつもいくら止めろ触るなと訴えても俺の忠告を無視する仕返しだ馬鹿野郎。
それに何が危ないというのだ。それをいうならば俺はエレベーターの方が余程危険に思えて仕方が無い。あんな機械の箱に自分のたった一つしかない命を左右されなくてはいけないと思うと無性に怖く思える。
それに徒歩の方が運動になるしな。デスクワークばかりで鈍った身体には丁度良い。

「そんなにエレベーターが好きなら一人で乗れば?」

首だけ振り返り冷たく言い放てば、僅かに犬塚の表情が変わった。
…それは本当に微量の変化で。多分俺以外の人間は誰も気付かないだろう。

「な、なんだよ?」

自分で言っておきながら少し冷たくし過ぎたかもしれないと、悲しそうな表情を浮かべる犬塚を見て若干後悔する。でもだからといって俺から素直に謝るのも癪だ。それ以上何も言えずただ軽く犬塚を睨み付けていると、その静寂を破るように機械音が鳴り響いた。
俺の尻ポケットでは振動していないので、十中八九犬塚の携帯。

「………」

犬塚はポケットから携帯を取り出し、掛けて来た相手の名前を見ると少しだけ眉間に皺を寄せた。…あまり表情を変えない犬塚の表情を変えさせた相手は一体誰なのだろうか。少し気になるが俺に知る権利はない。モヤモヤする気持ちに舌打ちすれば、チラリと犬塚が此方に視線を向けてきた。

「あ?早く出ろよ」

訳の分からない感情に苛れ、先程よりも一層冷たい態度を取ってしまった。
だけど犬塚は俺の生意気な態度に腹を立てた様子もなく、俺の了承を得ると急いで電話に出ていた。

「……チッ」

つい先程まで電話の掛け方も出方も知らなかったくせに。
どうしようもない機械音痴なお前に操作方法を一から十まで教えてやったのは俺なのに。
…俺のアドレス以外入ってなかったくせに。

そんな危険な思考に陥っていた事に俺はハッとする。

「(何だよこれ。…これでは俺が嫉妬してるみてぇじゃねぇか)」

いや、違う違う。これは別に犬塚への嫉妬心とか独占欲とはではないから。
強いて言うならばあれだ。好き好き言っていた飼い犬が知らない人間に擦り寄っていた所を偶然目撃してしまった時のようなものだ。だから別にそういうあれではない。うん、全然違う。全く別物。何も問題はない。万事オーケー。

「ふんっ」

未だに真剣な表情をして電話を続ける犬塚を横目で見てから、俺は一人で階段を下りる。別に最初から一人で行くつもりだった所を無理やり犬塚が付いて来ただけだし。一人で行動出来るようになってむしろ有り難いくらいだ。電話の主さん有難う。

「………」

…俺って、本当可愛くねー。
軽く自己嫌悪に陥りながら階段を素早く下りていると、急に後ろから腕を掴まれた。その相手とは言わずもがな、犬塚である。

「…何?何か用?」

「戻るぞ」

「は?ふざけんな。何で戻らなくちゃいけねぇんだよ」

もう少しで目的地まで辿り着くというのに何で此処まで来て引き返す必要があるというんだ。

「今電話で、」

「…っ、そんなに電話したければ俺に構わずずっとしてろよ!」

「……愛咲?」

突然怒鳴り散らす俺に、犬塚は不思議そうに首を傾げた時だ。
背後から俺の怒声よりも遥かに大きな声で「あー!駿じゃん!」と聞こえてきたのは。





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