チャラ男会計の受難 | ナノ


36

チャラ男会計総受け状態。担任×会計


「あー。もう凄く美味しかった!」

奢りだから余計にとかそんなの関係なく。久しぶりに食べた食堂の料理はすげぇ美味かった。和風御膳はもちろんの事、サンドウィッチもポテトサラダも有り難く完食させて頂きました。何度お礼を言っても足りないくらいだ。

「こら、声が大きいぞ」

「あはは、ごめんごめん」

俺は笑いながら小声で謝る。実は今、なっちゃんに生徒寮まで送り届けて貰っている途中である。確かにこんな時間にこんな所を誰かに見られたらもう言い訳とか出来ないだろう。ただの噂が真実に変わる瞬間と言えよう。

「もう此処までで十分だよ?」

「阿呆言うな。危ねぇだろうが」

「いやいや、大丈夫だって」

教師寮と生徒寮は少し離れた場所に建てられており、徒歩十分弱くらい掛かる。だからといって、わざわざ送って貰う必要はないはずだ。確かにもう既に外は暗い上に、茂みが多いが、此処は関係者以外は絶対に入って来れない場所なのだから。それにこの学園に同性愛者が多いといっても、いくら何でも俺を襲うマニアックな奴等などそうそう居ないだろう。

「いいから大人しく送られてろ」

「…はーい」

だけどこう言われてしまえばもうこれ以上何も言えない。男としてのプライドが多少なりとも傷付いたけれど、だってこれはなっちゃんなりの“気遣い”なのだから。なっちゃんって極悪顔(ただし悔しい程の美形)の割に紳士だよなと思っていたら、おもわずクスッと笑いが溢れてしまった。

「何だよ…?」

「ん?先生って優しいな、と思ってね」

「………」

「えっ?何でそこで無言になるの?」

珍しく褒めてあげたのに。そう言って頬を膨らませて怒ったように見せれば。今度は深い溜息を吐かれた。…何その反応?何か馬鹿にされてたようで若干腹が立つんだが。

「なっちゃん?」

「そこで先生呼びは卑怯だろ…」

「えー?何で?」

「そしてそういう表情はこの学園では止めておけ」

「………」

なっちゃんの台詞に今度は俺が黙る。「それってどういう意味?」なんて聞くまでもない。だって俺はそこまで鈍くないから。でもそれはもっと可愛らしい生徒に使うべき言葉だと思う。間違っても俺のような可愛気もない野郎に使う言葉ではないはずだ。もはやそれは俺にとっては優しい忠告というより、心を抉る言葉の暴力でしかない。
…いや、確かに俺のような奴が頬を膨らませるのは痛いと思うけれども。でもあいつが渡してくれた文献の中の“チャラ男”はこんな感じだったから、俺も同じような行動を取り続けるよ。なんたって俺を救ってくれた心のバイブルなのだから。

文句の一つくらいなっちゃんに言ってやりたいけれど、これ以上この話が続くのは嫌だったので、俺はもう何も言わずに話を逸らしてやった。

「でも本当になっちゃんが生徒会の顧問で良かったよ。なっちゃんが後押ししてくれたお陰で、こうしてまた生徒会に行けるようになったし」

本当にありがとうね!なるべく小声で再度お礼を述べれば、なっちゃんは俺の髪の毛を掻き混ぜるようにして撫でてきた。

「それはお前が頑張った成果だろ」

「…そう、かな?」

「ああ。副会長やあの双子は話にもならなかったからな」

「あー…」

確かに今の副会長や双子達ならば、なっちゃんだろうとまともな対応はしないだろう。副会長なんかは「ただの教師風情が俺に説教しないでください」とか言いそうだし、双子達も「僕達に命令していいのはあの子だけだから」とか言って話すら聞かなそうだ。
恋は盲目というか、何というか。恋というのは人を大きく変えるものだな。良い方にも、悪い方にも。
というかなっちゃんは俺だけでなく、副会長や双子達にもきちんと諭してくれていたんだな。本当に見た目と反してなっちゃんは良い先生だよ。

「ねーねー」

「何だ?」

「会長や犬塚はどんな反応返したの?」

あ、待って。答えを聞く前に想像してみよう。多分会長は「あ゛?舐めた口利いてんじゃねぇよ。俺様の全権力を使ってクビにしてやろうか?」とか言いそうだ。
犬塚は…そうだな。無言で無表情のまま何の反応も返さなそうだな。

だけど俺の想像は見事に外れた。

「何で俺があいつらまで説教するんだ?」

というか模範解答が突拍子も無さ過ぎる。当たるわけがない。

「へ?…だってあの二人も仕事サボってたでしょ」

俺がそう言えば、なっちゃんは眉間に皺を寄せならがこう言った。
「神馬と犬塚はずっと仕事してただろ」と。



*****


「愛咲」

「……」

「着いたぞ」

「…ん」

俺は先程のなっちゃんの発言の意味をグルグルと考えていた。だからもしかしたら道中で話し掛けてきたなっちゃんの言葉すらも何処か上の空で聞いていたかもしれない。
だっておかしい。会長と犬塚も今の副会長や双子達と同じようにあの転入生に夢中だっただろ?だからその結果、生徒会の仕事も俺一人でする事になったんじゃないか。
そうやってあれこれ考えてみたが、何一つ答えは見つからなかった。俺の認識となっちゃんの認識の食い違いの答えもなっちゃんは知らなかったし。これは明日会長と犬塚に問いたださないと解決しないのかもしれない。

「俺の話聞いてるか?」

「うん…聞いてる聞いてる」

「ったく」

グシャグシャと髪の毛を乱暴に掻き混ぜられれば、嫌が応でも俺の思考はそこでストップしてしまう。チラリとなっちゃんを見れば視線がぶつかった。

「撫で方から優しさが感じ取れない…」

「わざとだ」

「意地悪…。なっちゃんの乱暴者ぉ」

「俺の隣に居るのにあれこれ考えるお前が悪い」

「何それー?嫉妬?」

口元に手を当ててわざとらしくケラケラと笑いながら訊ねれば、至って真面目な表情で「そうかもな」とたった一言だけ返って来て、俺は返答に困った。そこは笑い飛ばすか、否定でもしてくれないと俺が寒い奴のようじゃないか。

「………」

「………」

あ、いや。本当に怒ってらっしゃるのか?なっちゃんがどんな表情をしているのか気になるものの、表情を伺う勇気は今の俺にはない。どうしたものかと視線を彷徨わせていれば、この沈黙を破るようになっちゃんが先に口を開いた。

「…悪い」

「あ、いや…俺こそ、ごめんなさい」

そうだ。元々俺が悪いのだ。奢って貰った上にこうして送って貰っているのに上の空とか極めて失礼過ぎる。それなのになっちゃんから謝らせてしまうとか最低だ。全て俺に非があるというのに。

「悪い」

「なっちゃんは悪くないよ」

「すまん」

「だ、だから謝らないでいいってば」

どうすればこの気まずい雰囲気を払拭出来るだろうか。このままバイバイして解散したいのだが、尚も謝り続けるなっちゃんに俺は頭が混乱しだした。もはやなっちゃんが何に謝っているのかすら分からない。

すると急に伸びてきた長い手に、後頭部をその大きな手の平で添えられたものだからびっくりしてしまった。

「なっちゃん…?」

一体何をするのだろうか。一発叩かれるのか?
訳が分からないまま見上げれば、無表情のままのなっちゃんと目が合った。その端正な顔は男の俺でも惚れ惚れするくらい格好良くて。更に月の光の効果も増してより魅惑に感じられる。この距離ならば睫毛の数すらも数えられそうだと思っていると、一際近くでなっちゃんの声が聞こえた。

たった一言、「ごめんな」と。

そのまま何も出来ずに居る俺に更に近付いて来たなっちゃんは、俺の後頭部を引き寄せるとそのまま自然な流れで髪の毛に唇を落とした。

「………え?」

現状を把握出来ずに内心パニック状態な俺を見て、なっちゃんは小さく笑うと。先程とは打って変わって、極めて優しく髪の毛を掻き混ぜるように俺の頭を撫でた後、そのまま立ち去っていった。
俺は何も言えないまま、その大きな背中を見続ける。


一人その場に残った俺は唇を落とされた場所を乱暴に掻き混ぜながらこう呟いた。

「謝るくらいなら、最初からすんなよな…っ」

何度も繰り返された謝罪の意味を今更分かった俺は、火照った頬を冷ますために、少しだけ外をぶらついたのだった。




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