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チャラ男会計総受け状態。担任×会計
生徒の皆は真面目に授業を受けている真っ只中だろう五限目。
その最中になっちゃんの隣でポロリと零した俺の発言は、事を大きく変える事になったのだった。
「…でもこれは本当にいいのか?」
なっちゃんから受け取った鍵。それにはキーホルダーも何も付いていない。六限目の授業に参加しながら、俺はそれを見つめて小さく呟いた。
事の発端はこうだ。
食堂で俺達二人が揃って食事していたら皆騒ぐだろうね、と発言した俺の台詞から。
先生からの厚意で食堂のご飯を食べれるのは嬉しいけれど、これ以上変な噂が広まるのだけは絶対に阻止したい。それに色々な意味で俺達二人はこの学園では注目の的だ。皆が騒ぎ立てる中、落ち着いて食事など出来るわけがない。その事に苦笑いを浮かべる俺に、なっちゃんはサラッとこう言った。「だったら俺の部屋で食えばいいだろ」と。
いやいやいや。生徒が教師寮に入ったら駄目ですから。あんた教師なんだから規則を破るような発言しちゃ駄目でしょ。俺も生徒会役員だし規則は破れないよ。と、いうような事をやんわりと言ったものの、「それなら仲良く噂されながら食べるか」というなっちゃんの発言に俺は押し黙ったのだった。
「…だって、ひっそり静かに味わいながら食べたい」
それにもう噂の種にされるのは嫌だ。
でもだからって、教師寮に先に忍び込むような真似をしなければいけないとは…。俺が深く吐いた溜息は、終了のチャイムに掻き消された。
「………」
という事で、俺は今こっそりと教師寮に入り込んでいる。
なっちゃんはSHRの間ならば、生徒どころか教師すらも此処には近寄らないと言っていたものの、やっぱり誰かにばったり会うのではないかと冷や冷やする。俺は機敏な動きで目的の部屋まで辿り着くと、受け取っていた鍵で扉を開け、滑り込むように部屋に入り込んだ。
「まるで、泥棒にでもなったようだ…」
額に掻いた冷や汗を手の甲で拭い、安堵の溜息を吐く。
此処ならば誰の目も気にせずに済むだろう。そして俺は改めて先生の部屋を見て、少し驚いた。
何というか。意外というか。
職員室や社会科研究室の机周りを見て、てっきりなっちゃんは綺麗好きだと思っていたが、どうやらそれは違っていたようで。足の踏み場もない程散らかっているわけではないが、この部屋はそれなりに物が乱雑に散らばっている。教科書は床に置かれたままだし、プリントは整理されずに放置されたままだ。それに脱ぎ散らかされたシャツがちらほら見られる。
男の部屋だしこんなものだろうと思うけれど、少しだけなっちゃんに抱いていたイメージが変わった。どちらかというとそれは良い方に。完璧な人間かと思っていたが、やっぱり必ず人には欠点というものがあるんだなと、何だか少しホッとした。
「しかしこれは…放置するのが正解なのか?」
奢って貰うかわりに部屋の掃除でもしてあげた方がいいのか。それともこのまま何も触らず、なっちゃんの帰りを待っていた方がいいのか。凄く悩む所だ。
なっちゃんは自分の居ない所で勝手に物を触られるのは嫌な人かもしれない。そうだとしたら何もせずに大人しく待っているのが正解だろう。それにもしかしたら、ただ乱雑に散らばっているように見せて、こだわりの置き方があるのかもしれないし。
だけど片付けもせずにただ座っているだけなのも、どうなのかなぁと思う。不躾な奴だと、気が利かない奴だと思われるのも嫌だ。
一体どちらが正解なのだろうか。むしろ正解があるのかすらも分からないけれども。
「うーん」
一頻り悩んだ末に俺が出した答えはというと。
はっきりとした答えなどないから、この中間の行動を取ろうと思う、だ。
とりあえず散らばった教科書を重ねて隅に置き、プリントもその上に日付順に重ねて置いた。脱ぎ散らかされていた服も一箇所に纏めて置いておく。洗濯籠に入れようとも思ったけれど、それは止めておいた。やり過ぎない程度に片付けておくのが吉だろう。
後は少し埃が溜まった机を拭いて綺麗にしておこう。
「…ある程度は綺麗になったな」
立ち上がって周りを見渡してみる。先程よりは断然片付いて見えるが。
今更ながら、やっぱり何もしない方が正解だったのではないかとも思えてきて、少し不安になる。
「………」
人の物に勝手に触るなとか怒られたらどうしよう。今からでも遅くない。怒られる前に元に戻しておくか。
そう思って、積み上げておいたプリントを手に取った時だった。
玄関からガチャリと聞こえてきたのは。どうやら最悪なタイミングで帰って来たようだ。
俺はもうこれ以上どうする事も出来なくなり、再度プリントを積み上げておいた教科書の上に置いて、玄関先に向かった。
「なっちゃん。…あの、その、おかえりなさい」
「………」
なっちゃんが持っていた鞄を受け取り、不安に苛まれながら見上げれば。
何とも驚いたような表情をしたなっちゃんと目が合った。
「なっちゃん?」
「あー。いや、…ただいま」
玄関には段差があるため、いつもより身長の差が露骨に現れない。だけどなっちゃんはまたもや俺の頭に手を置き、ポンポンっと撫でてきた。俺の頭がいい位置にあるからとか言っていたくせに、結局はどの高さでも撫でるんじゃないか。
口元を尖らせて俯けば、なっちゃんはまるで子供を相手するかのように、俺に目線を合わせるように屈んで見上げてきた。その行動に少しムッとしたものの、俺は何も言わずに黙り込む。
「愛咲?どうかしたか?」
「んー…、いやぁ、なっちゃんが怒るかなぁと思って」
ちょっと不安に苛まれ中…と言えば、なっちゃんは不思議そうに眉間に皺を寄せた。
「俺が、愛咲に?何でだ?」
「…部屋の物勝手に弄っちゃったから」
「あ?」
まるで俺の言っている事が分からないといった表情を浮かべたなっちゃんは、俺に聞くより見る方が早いと思ったのか、そのまま部屋の奥へと進んで行った。
「ああ、片付けてくれたのか」
「そうだけど…怒ってない?」
「何で片付けて貰って怒るんだよ」
ふっと笑うなっちゃん。いや、まぁそれはそうかもしれないけどさ。
そうか。なっちゃんは別に人に物を触られても嫌がるタイプの人じゃなかったのか。不安になって損したというか、安心したというか…。とりあえず怒られなくて良かった。
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