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チャラ男会計総受け状態。担任×会計
照らされる暖かい日差し。鳥のさえずる鳴き声さえも幻想的に感じる。これこそ窓際ならではの特権といえよう。
呼吸を繰り返す度に疲れた身体が癒えていくような気がする。此処が寮ではなく教室だとか、授業中だとかはもうどうだっていい。このまま死んだように眠り続けたい。この眠りを邪魔する者は万死に値する。
そう。俺は分かっているのだ。これが夢の中だと。
「………」
夢の中では、マシュマロのように弾力があって柔らかい雲のような物の上に乗って眠る自分の姿を客観的な目で見ている。しかも時々一定のリズムで誰かが俺の頭を優しく撫でてくれるというオプション付き。
手の平しか見えないが一体誰の手なのだろう。大きくてゴツゴツとした骨ばった男らしい手は少しひんやりとしていて冷たくて気持ちがいい。うむ、褒めて遣わそう。
だからもっと撫でてと強請るようにその手に擦り寄れば、何故か暫く動きが止まった。
しかしすぐにその手は再び動き出したのだが、掴まれた少量の髪の束をクイッと引っ張られ、無情にもその痛みで俺は目を覚ます結果となった。
「…ん゛ー」
最悪。本当に最悪の目覚めだ…。
折角あの手の主を内心褒めまくっていたというのに、まさかあんな形で裏切られるとは。夢の中の登場人物故に仕返し出来ない事が酷く歯痒く恨めしい。
「おい」
「……?」
「愛咲」
「…なっちゃん、?」
あ、そういえばなっちゃんの授業中に居眠りしたんだったな。
ゆっくりとした動作で見上げれば整った顔が割と近い位置にあって少しびっくりした。
掠れた声で名前を呼べば、その主は苦笑した。
「お前な、本当に寝るなよ」
「…ん」
「こら。また寝るな」
「ダーリン…あと五分。…ね?」
「起きろって。…ったく、手の掛かるハニーだ」
あ、会長と違ってノリがいいね。そこを拾ってくれてありがとう。
そうじゃないと俺が薄ら寒いキャラになってしまうからな。
何処からか聞こえる歓喜の悲鳴すらも心地よいBGMへと変換しながら、本気でもう一眠りをしようと重たい瞼を閉じる。
そうすればなっちゃんは再び苦笑すると、俺の髪の毛を掻き混ぜるように撫でてきた。
「ん…、」
…やばい。凄く気持ち良い。油断すると変な声と同時に、涎さえも出してしまいそうだ。
「なっちゃんの手、…すごく、きもちー…」
「………」
大きくゴツゴツとした骨ばった手で繰り出しているとは思えない程の的確な撫で方。
ひんやりとした少し冷たい体温は、日差しで暖かくなった俺の体温には相性抜群だ。
そう。先程見た夢の中の手の主のような。
……あ゛?
「…ね?なっちゃん?」
「どうした?」
「さっき、俺の髪の毛引っ張った?」
「あー。あまりに起きねぇから引っ張ったような」
「犯人はなっちゃんか!」
気持ちの良い眠りから起こしやがって!許さぬぞ!絶対に許さぬぞ!
この、この、この!となっちゃんの胸元をポカポカ(俺は結構本気だった)と殴っていた様子をクラスメイトから全校生徒に広まり、「愛咲会計と成瀬先生が教室で夫婦喧嘩を繰り広げていた」という根も葉もない馬鹿げた噂が翌日広まったというのはまた別の話。
怒りで目がパッチリと覚めた俺はそれから言われた通り、なっちゃんと一緒に社会科準備室へと来ていた。
「もう!なっちゃんの所為でお腹空いた!」
礼儀も遠慮も一切なく、部屋に入るなりドカッと椅子に座った。
お茶ッ!と顎で命令してやろうとかと思ったが、流石に目上である教師に取る態度ではないと考え、思い止まった。
「大体、授業中に寝るお前が悪い」
「………」
それを言われてしまえばぐうの音も出ない。授業中のほぼ一時間丸々を睡眠に費やした俺が全面的に悪いのだから。
「…ごめんなさい」
「でも、まぁ。今日の所は見逃してやるよ」
授業に顔を出しただけ良しとしてやる。そう言って再び俺の頭を撫でながら笑ったなっちゃんの表情は非常に珍しい物だった。
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