30
チャラ男会計総受け状態。担任×会計
淹れたコーヒーをちびちび飲みながら。自分以外の分の仕事も処理していく。
ずっとしてきた事だ。もう手馴れている。仕事の出来と速さは歴代生徒会役員のナンバースリーには入っているだろうと胸を張って自負出来るくらいに。
ある程度片付いて来たので、椅子の背凭れに寄り掛かりながら、両腕を上に上げて身体を伸ばす。強ばっていた身体が伸びて凄く気持いい。
時刻は丁度八時を過ぎた所。なっちゃんの授業は午前中の最後である四限目なのでまだまだ時間はある。このままのスピードで仕事を処理していけば、余裕で間に合うだろう。放課後の約束時間どころか、午後の授業にさえ出れそうだ。
少しだけ休憩してから再度仕事に取り掛かろうかなと思ったその時丁度、生徒会室の扉が開いた。
「ん?」
視線をそちらに向ければ、会長に続いて犬塚も部屋に入ってきた。
ピンっと閃く。これは二人をからかう絶好のチャンスであり、そして日頃受けている嫌がらせを仕返す絶好のチャンスでもあると。
「よっ!ご両人!」
「…あ?」
「いやん。一緒にご登校なんてラブラブだねっ」
さぞかし昨夜はお楽しみだったんでしょうねぇ、と満面の笑みを浮かべて茶化せば、両者とも眉間に皺を寄せて鋭い視線で俺を睨み付けてきた。おお、怖い怖い。でもそれ以上に二人の嫌そうな顔が愉快で堪らない。内心では手を叩いて大笑いしている最中である。
「ふぅ。熱い、熱い」
手でパタパタと風を送るように扇ぐ動作まで付け足す。そうすれば案の定、先に動いたのは会長だった。
「気持ち悪い事言ってんじゃねぇよ」
「えー。違うのぉ?」
「当たり前だろうが。天地が引っ繰り返ろうがこいつとだけは有り得ねぇ」
「またまたぁ。照れちゃってぇ」
「偶然そこで出会しただけだ。…おい、犬塚。てめぇも何とか言えよ」
「………」
おや、本気で怒っているのか犬塚は?
大体いつも無表情だが、何となく心情は読み取れる。だが今は特にその表情からは何も読み取れない。…確かに酷な事言ってしまったかもしれない。好きだと告白された相手をからかう内容じゃなかったよな。
…少し、反省。
「あの…その、犬塚、」
ごめんね、と謝ろうとしたその寸前。近寄ってきた犬塚は俺の肩にポンっと手を置き、そのままの流れで耳元に顔を近付け、甘く蕩ける様な腰に響く低い声で囁いてきた。
「…妬いているのか?」
との一言を。
「は、はぁ?!…ち、違うから!」
「そ、そうなのか、愛咲?」
「会長まで…っ!違うって言ってるじゃん!」
お前達変態はどんなポジティブ思考を持っているんだよ。凄まじく恐ろしいわ!
あれか。恋をする乙女は強いというのと同じなのか。全く勝てる気がしない。
「俺はいつだって愛咲一筋だ」
まるで嫉妬する心配はないから安心しろと言わんばかりの犬塚の優しい表情に、若干腹が立った。
「お、俺様も、お前が…、」
止めてくれ会長。その言葉の続きは怖いから聞きたくない。
「あー!もう!からかって悪かったってば!俺が全部悪かったから!謝るから!ごめんね。だからこの話はこれで終わり。さぁ、仕事しよう。ねっ?」
そして俺はその場から逃げるように給湯室に向かった。
変態二人を同時に扱う程の技量は俺にはないからな。たまには逃げる事も必要だろう。
*****
「ふあー、俺終わりー」
三限目の授業が終わったことを知らせるチャイムが鳴ったのとほぼ同時くらいに仕事が終わった。急ぎの仕事だけではなく明日の分まで少し終わらせた俺は超ゆーしゅー。
さてと。それではなっちゃんとの約束通り、四限目の授業に出るとするか。
「今日は偉く急いでるな」
「…大事な用でもあるのか?」
「んーん。別にぃ。久ーしぶりに授業に顔を出そうかなぁと思ってるだけ」
「………」
だが俺の返答内容が気に入らなかったのか、二人の周りの空気が少しだけ重たくなったような気がした。
別に大事な用とまではいかない。確かに授業に顔を出すと言ったものの、今の生徒会の事情を嫌と言う程知っているだろう顧問のなっちゃんならば約束通り授業に出れなくても理解してくれるだろう。それに放課後の約束だってそうだ。行けそうにないと言っても許してくれるはずだ。
…あれ?それなら何で俺はこんなに必死に仕事を終わらせたんだ?
「んっと、…とりあえず、授業に行ってくるね?」
すっきりとした答えが見つからないまま。俺は、じゃーねと未だにこちらを凝視している二人に手を振って生徒会室を出たのだった。
→