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無口クール書記×チャラ男会計(中身平凡)
ご紹介遅れました。
半年前色々な意味で変身を遂げた俺の名前は愛咲充(あいざき みつる)と申します。チャラ男会計として通っていたりします。
とは言っても、至って中身は面白味もない平凡なやつだけど。
そんな俺は、現在書記である犬塚駿(いぬづか しゅん)にパソコンの使い方を教えていたりする。
「えーっと、ここはねー」
間延びした喋り方。
こんな喋りをしている奴が友達だったら、以前までの自分は「男らしくハキハキ喋れ」と一刀両断していただろう。
でもその考えは間違いだと気が付いた。今の俺のように、そいつなりに事情があるのかもしれないし、それに喋り方はそいつの特徴の一つだ。個性があっていいものだと今なら思う。
しかし半年も経てば、この喋り方も板に付くものだな。もはや完璧に自分の物としている。親父の跡を付かずに、役者の道を選んでみようかな。
…なーんて、冗談冗談。
俺はカチカチッとマウスを動かした。
「…で、ここをこうするの。分かったぁ?」
「……もう一回頼む」
「おーけー。よく見ててよー」
必死に覚えようとPC画面と俺の手の動きを凝視する犬塚の真面目さに、俺はおもわずクスッと笑ってしまった。俺も自分の分の仕事がまだ残ってるんだけど、こんなにも真面目な姿勢を毎回見せられたら断れない。むしろ最近では自分から進んで声を掛けたりしている。大型犬のようで何だか面倒見たくなるんだよなぁ。
無口とか感情が表情に出ないとか傍から言われているけど、そんなことはない。結構喋ってくれるし、表情だって人並み以下だろうけど変化してるぞ?
「えっと、まず最初にここをダブルクリックね」
犬塚は極度の機械音痴だ。決して頭は悪くない。むしろ俺よりも学年順位は良かったりする。
他の事は何でもこなしているようだし。勉強にしても部活の剣道にしても機械を使わない生徒会の仕事も。
だけどその一方、機械音痴の度合いは結構酷くて、最近になってやっと携帯で電話を覚えられるようになった。それも俺が教え込んでやった。やっぱり電話する方法くらいは覚えておかないとな。未だにメールの方は、俺と一緒じゃないと出来ないけれど。
説明するのは大変だけど、犬に躾をしているようで結構楽しい。…おっと、犬と一緒にしたら犬塚も流石に怒るだろうな。
「あ、おさらい。ダブルクリックってどういう意味か分かる?」
「…二回クリックすること」
「そうそう。素早く二回クリックすることね」
「それくらい…覚えてる」
「あはは、ごめんごめん」
まぁ、初歩中の初歩だし、さすがに言葉通りのことだしな。今更の質問をしてきたことに犬塚は少し腹を立てたらしい。ジロリとこちらを睨んできた。だけどそれは全然恐いものではない。俺はもう一度「ごめんね」と謝った。
「じゃぁ、続き」
「……ああ」
「ゆっくりするから、一つ一つ覚えてて」
「…分かった」
「そしたら、次は犬塚に操作してもらうから」
最後に、ね?と同意を求めれば、犬塚はコクンと頷いた。その動作がやはり大型犬のように見えて、俺は頭を撫でたい衝動に駆られながらも必死に我慢した。
撫でたら余計に怒られるだろうし。
折角ここまで築いた友情関係をこんなことで一気に崩してしまうかもしれないと思うと嫌だからな。
さーてと。
俺も真剣に指導しますかね。
*****
「おーけー!上出来!」
「………」
「やっぱり覚えが早いね!」
「…教え方が、上手いから」
「またまたー。煽てても何も出ないんだからね」
教えればそれに応えてくれる。それが嬉しい。
学校の先生達もこんな感じなのだろうか。
しかしやっぱり犬塚は覚えが早い。もう少ししたら俺の教えもいらなくなるだろうな。その内、俺よりもPCの使い方が上手くなったりして。そしたら、今度は俺が教わる番かぁ。それもそれで楽しそうだ。
「……いつもすまない」
「いつも言ってるじゃん。気にする必要ないよー。俺も教えるの楽しいし」
「…そう、なのか?」
「うんうん。超楽しいよ」
教えるのが楽しいというのもあるけれど。
やっぱり今まで築けなかった友情を、この場を借りて築けられているという事実が嬉しい。あの馬鹿で煩い転入生にはここだけは感謝している。あんなことがなかったら、犬塚とも仲良くなることもなかっただろうし。
「礼に、飯でも奢る…」
「え?いやいや、いいって!大丈夫!そんなことまでしてもらわなくてもさ!」
ここの食堂のメニューは馬鹿みたいに値段が高いから。本当に親には感謝。不自由なく育ててくれたことに近い内に恩返しします。
「しかし…、」
だけど犬塚は納得してくれていないらしい。
そこまで律儀に振舞わなくていいのに。犬塚のそういう所も好きだけど。
「俺も楽しくてしているからね。お礼とか気を遣わなくていいよ」
「………」
「うーん。納得してくれてない感じ?」
犬塚は再びコクンと頷いた。
本当に気にしなくていいのに。一体どうしたら納得してくれるのか…。
あ、いいこと思いついた。
「じゃぁさ、どうしてもっていうなら、お礼はチューでいいよ」
なーちゃって。
そう言って“チャラ男の中のチャラ男”を演じてみせようと思った。
「…ン、む?!」
だけどなんちゃってという冗談だという事を示す言葉を言うより先に、犬塚に唇を奪われてしまった。
なんてことだ!
「ちょ、…っ、ん…ゃ…、」
副会長や双子に下半身ユルユル男なんて言われてるけど、俺のチャラいのは演技だから!童貞の上に、キスすらまだなんだから!初キスなんだから!
「っ、ん…ンぅ」
馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿っ。
舌なんて入れてくるな。ヌルヌルして気持ち悪いだろうが。背筋がゾクってしただろうが。
息苦しいだろ!
「…ぁ、あ…ャ」
未知な体験は人を恐怖に陥れる。正直に言おう。ちょっと怖い。
俺は離せという意味を込めて、犬塚の逞しい胸板を叩けば、意外にも簡単に唇を離してくれた。
「ぷ、ぁっ」
そして俺は必死に口で息を吸い込む。
鼻で息を吸うなんて聞いていたけれど、そんな暇あるか!出来るわけがない。
チラリと上目遣いで犬塚を見てみれば、息を乱している様子は伺えなかった。なんだよ、慣れているってのか。
俺は唾液で濡れた口元を制服の袖で拭いながら、犬塚を睨んで怒鳴ってやった。
「お、俺の!初チューを返せー!」
まさに言い逃げといっていいだろう。
情けないとでも罵ってくれればいい。どうせなら一回殴ってやれば良かっただろうか。
でもどんなに嘆いても俺の初キスは返ってこない。
悲しいことだが、どんなに唇を拭ってもこの事実は消えないのだ。
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