▼ 君に熱中症
甘い/真夏日八月の真夏日。
もちろん学校は休みで。だけど相変わらず親は家には帰って来ない。…でも寂しいとは全然思わないよ。
だって俺には妹と、そして雷君が居るから。
一人暮らしの雷君は、ずっと俺の家に泊まっている。妹は「もう雷君、家に住んじゃえばいいじゃん」と言っているが、そんな事されたら嬉しさと緊張で俺の心臓が破裂しそうだから今はまだ勘弁して欲しい。
「暑い、ですね…」
「ああ」
パタパタと手で煽いでも冷たい風は来ない。むしろ手を動かすその労力で更に熱くなるようにも思える。
「下に行きませんか?」
「何故だ?」
「リビングにはクーラー付いてますよ」
「…もう少しだけ二人で居たい」
一分でもいい。順平と二人で居たい。
そう言った雷君の頬には汗が伝っていた。その妙に男臭い雷君の姿と、甘い台詞は俺の体温を上げる十分な要素なわけで。俺は体中の体温が熱くなるのを感じた。
「…あ、…ぁ」
「順平」
「俺も、…一緒に居たいです…、」
真夏日の所為なのか、水分をあまり取っていない所為なのか、それともこの緊張の所為なのか。クラクラしてきた。
「順平、顔真っ赤」
「…え、…あ、暑くて…っ」
「大丈夫か?」
「だ、大丈夫、です」
「いや、駄目だ。名残惜しいが、一度下に行こう。水分もきちんと取った方がいい」
「本当に大丈夫ですよ」
もう少し、もう少しだけ二人だけで居たい。
俺の腕を引く雷君にそう訴えた。
「熱中症とかじゃないですし」
「………」
「雷、君」
掴まれた腕から雷君の熱が伝わってくる。このまま熱で一緒に溶けないかな、とか一瞬思ってしまった。
「雷君?」
「順平」
「は、はい」
「もう一回熱中症と言って」
「…え?」
「言ってくれ」
「熱中症?」
いきなり何だろう?俺は断る理由もなく、雷君に言われた通り「熱中症」と声に出す。何の意味があるのかな。俺には分からない。
「もっとゆっくり」
「熱中症」
「もっと」
「ねっ、ちゅうしょう」
「もう一回」
「ねっ、ちゅう、しょう」
言われた通りなるべくゆっくりと声にする。
これに何の意味があるのかは未だに分からない。
「もう一回」
「ねっちゅうしょう」
訳が分からず首を傾げながら言えば、掴まれていた腕を急に引かれた。突然の事にバランスを崩し、俺はどうすることも出来ず、雷君の胸に倒れ込んでしまった。
「……ぁ、」
ふわりと香る汗の匂いにキュンっとした。
「順平」
「…は、い?」
「煽り上手だな」
「……え?」
顎を指で軽く掴まれ、上を向かされた。
ちゅっ。
唇に熱い物が触れたのと同時に音が鳴った。すぐに離れてしまったそれの正体に最初は分からなかったけれど、安易に想像がつく。
「え、…えっ、え?」
「順平が誘ったから」
「お、俺?…え、何で、キス…?」
「ご馳走様」
「…雷くん、」
「ほら、下行くぞ」
「う、わ…?」
そのまま腕を引っ張られてしまい、下に連れて行かれてしまった。だから先程の意味を聞けないまま。
雷君の言動の意味に一生頭を悩まされそうだ。
END
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