▼ それはまるで雨のように
本編後の話/甘々武宮さんとのキスはもちろん初めてではない。
それはまだ武宮さんと付き合う前に「練習」と意味の分からないこじ付けをして口付けを行ったからだ。もちろん付き合い始めてから一度もキスをしたことがないわけでもないが、…この雰囲気には一向に慣れない。
まだ武宮さんと二人きりになるのさえも慣れていないというのに、俺の心臓は壊れてしまいそうだ。
「武宮さ、ん」
武宮さんがキスをしてくる前に決まってする行動はこうだ。まず俺の隣に座る。そして手を重ねてきて、まるで大事な物を扱うかのように指を絡めてくる。
驚いて俺が武宮さんの方を見ると同時に、武宮さんはもう片方の手で俺の頬に触れるのだ。
そしてその腰にクる低い声で俺の名前を囁くように呼んだ後に、唇を重ねてくる。
「…ン…、」
最初は本当に触れるだけ。
そして暫くすると赤く熱い舌で俺の上唇を舐めてくる。余裕がなく目をギュッと瞑っていても分かるほどの熱い視線を浴びながら、俺はされるがまま。
「は、…ふ、っ」
そして絡まっている指の力を込められたのと同時に、武宮さんの舌が俺の口内に入ってくるのだ。
「ぅ、…あ、ん」
内頬を舐められ、上顎を舐められ、歯列を舐められ、舌を絡め取られた後、苛めるように舌を噛んでくる。経験の少ない俺は武宮さんの与えてくる刺激に上ずった声を上げるだけ。武宮さんも気持ち良くしてあげたいという気持ちはあるけれども、そんな余裕があるわけがない。
どちらのか分からない飲みきれなくなった唾液を口端から零しながら、下半身の疼きに身体を震わせた。
もう息をする暇などなく、絡め取られた指に力を入れれば、俺の心情が分かったかのように武宮さんは舌を抜き、唇を離す。
「…順平」
「は、…っ、武宮さん、」
「やらしい顔してる」
「……、」
だ、だって気持ちよくて、勃起しちゃったくらいだし。というか今の俺はそんな顔してるのか?
恥ずかし過ぎる。死にたいっ。
「たけ、みやさん」
「順平」
「…は、い?」
「名前で呼んでくれ」
「…え…?」
苗字ではなく名前で呼ばれたい、と優しく髪の毛を撫でられながら言われて、俺はこの甘い雰囲気にクラクラしながら肯定の意味で一度だけ頷いた。
「ら、雷さん?」
恥ずかしさと戸惑いが混じった結果の呼び方はさん付け。そうすれば武宮さんは笑う。
「同い年だろ」
「…で、でも、敬語のほうがしっくりくるから」
「敬称はいらない」
「え?…じゃ、じゃぁ、…雷、くん?」
妹がいつも呼んでいるように君付けで名前を呼んでみれば、何故かベッドに押し倒された。
「ちょ、…え、っ、え?」
「…それは反則だろ」
「はん、そく?」
「…可愛い過ぎだ」
「かわいく、なんか…っ、」
「もう一回呼んで」
「…ら、雷、くん」
「ん、もう一回」
「雷君…」
「…ああ、喰っちまたい」
「……?」
俺の上に跨り舌舐めずりをしながら見下ろしてくる武宮さん、…いや雷君に戸惑っていると、見計らったかのように妹が俺の部屋に入ってきた。
そして雷君に「食べるのはまだ許しません!」と妹が手を使って×印を作ったのと同時に、自分が今どんな状況に置かれているのかを理解して、俺は羞恥に叫んだのだった。
END
prev /
next