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「…ちょ、ちょ!」
俺は妹の台詞にびっくりして急いで後を追う。…だがこの前のように階段から滑り落ちないように気を付けながら。
すでに階段を下りて、リビングのテーブルでお茶を注いでのんびりと寛いでいる、可愛い可愛い我が妹。
「い、一体…」
何処まで知っているのだろうか?
先ほどの口振りからすると、俺が武宮さんに恋をしているというのはとっくの前から知っていたのだろう。だがそれ以外にも妹は何かを知っているようだ。俺も知らない何かを。
「………」
色々と詳しい事を聞きたいけど、聞けない。
にっこりと笑っている妹の笑みから本能的にそう感じた。
「あ、のさ、」
「雷君の所に行かないの?」
「……え?」
「今行かないと後悔すると思うよ?」
「……、」
「ね、お兄ちゃん。頑張って」
「…う、うん」
携帯と財布だけを手に取り急いで玄関の方に向かえば、背後から妹の「気を付けていってらっしゃーい」と楽しそうな声が聞こえてきた。
…俺の妹は、きっと世界最強の妹だと思う。それは俺の良き理解者と共に、とても愛しい存在。詳しい事は分からないけれど、こんな俺の事を応援してくれているのだ。
上手くいくかどうか分からない恋を。
男同士の恋愛を不毛だと笑わずに。妹の優しさにおもわず涙ぐんでしまった。だが、涙を流さないように俺は武宮さんの家へと向かった。
…だって折角武宮さんに会えるのに、真っ赤に腫れた目で会いたくないだろ?
*****
「…武宮さん、居るかな?」
ストーカーのような事をしながら武宮さんの情報を集めていたお蔭で住所は分かっていた。何度も何度もこっそりと此処に来たこともあるし。間違いはないけれども、今武宮さんが家に居てくれるかどうかは定かではない。
確かめるには、勇気を出してインターホンを押さなければいけないのだ。
「………」
緊張のあまりゴクリと喉が鳴った。
俺はアパートの一室の前で人差し指を突き出したまま固まる。
「ふぅー」
まずは深呼吸をしよう。
大きく息を吸って、吐く。それを数回繰り返す。そうすると幾分か気持ちが落ち着いた。
俺は…よし、押すぞ!と決意して、インターホンに指を近づけた。
「ひ、ぁっ?!」
……しかし押す前に、ポンッと肩を叩かれて俺は素っ頓狂な声を出しながら、驚きのあまり腰を抜かしたのだった。
「ち、違うんです!お、俺怪しい奴じゃないです。だから、警察だけは…、勘弁してください」
パニックになった結果、俺は蹲りながら警察には言わないでくださいと、俺の肩を叩いた人に懇願した。そりゃ、ストーカーのような事はしていたけれど、武宮さんの家に此処まで近づいたのは今日が初めてなんだ。まだ何も変な事はしていないから、許して。と心の中で謝罪を繰り返していたら、背後からは聞き覚えのある低くて心地よい声が聞こえてきた。
「…大丈夫か?」
「…あ、」
声の主は武宮さんだった。
恐る恐る後ろを振り返って上を見上げてみたら、困惑している様子の武宮さんが居た。
「た、けみやさん」
「………」
「あ、えっと、その、…俺」
ああ、くそ。
何て言えばいいのだろうか。
武宮さんに会いたいと思っていただけで、何を言えばいいのかを全然考えていなかった。
しどろもどろにながら、「あ、う」と母音だけで喋っていれば、武宮さんが俺の手を引っ張り立たせてくれた。
「…来い」
「……え?」
そして鍵を取り出して扉を開けた武宮さんに引っ張られるまま、俺は愛しの武宮さんの家に上がったのだった。
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