短編集 | ナノ

 3-3





「………」

「………」

「………」


先程妹が意味不明な言葉を吐き、俺の部屋から出て行った。あれから十分ほどが経ったと思う。

何故かそれからというものの…武宮さんの様子がおかしい。何かを考え込むように神妙な面持ちをして眉間に皺を寄せているのだ。


「…あの、どうかしましたか?」

「……いや…何でもない」

「……?」


理由を聞けば、はぐらかされる。
…何か悩み事でもあるのだろうか。俺では力になれないこと?武宮さんが願うならば、何だってしてやりたいのに。武宮さん本人にそう言いたいものの、言う勇気がない。だって余計なお世話だと思われたくないから。

色々と頭を悩ませていると、俺のベッドに腰掛けていた武宮さんが立ち上がった。


「…武宮さん?」

「……」

「あ、帰り…ますか?」


あいかわらず無表情のままの武宮さんにそう尋ねてみれば、「ああ…」と返事が返って来た。…返事が返ってきたことは凄い嬉しいけれど、武宮さんが帰ってしまうのは、…とても寂しい。
ここで武宮さんの恋人ならば「帰らないでください」とか言えるのに。俺にはそんな資格一ミリもない。それが余計に寂しく思える。だって俺はただの「妹の兄」だから。


「…邪魔したな」

「いえ…、また来て下さい」

「ああ」

「………」


武宮さんがそれだけ言うと、俺の部屋から出て行こうとした。俺はすかさず後を追う。


「あ、見送りますっ」


せめて最後まで武宮さんの姿を見ておきたい。そして脳裏にまでその姿を焼き付けておくんだ。
俺の部屋は二階にあるため階段を下りなくてはいけない。トントンと軽快な音を立てて階段を下りていく武宮さんもまた一段と素敵だなぁと思う。

その逞しい背中に見惚れていると、…俺はいつも下り慣れている階段から足を踏み外してしまった。


「……っ、」


悲鳴すら出なかった。
身体が前のめりに倒れ込む。何だか体験した事のある浮遊感。きっと凄いスピードで身体は倒れているというのに、何故だか全てがスローモーションに見える。

このままでは前に居る武宮さんを巻き添えにしてしまう。そんなのは嫌だ!と思いながらも、どうすることも出来ずただ目を瞑って衝撃に備えていると、……急に身体を抱き締められた。


「……っ、」


それは、もちろん俺の前に居た武宮さんに。
ギュッと一際強く抱き締められると、ふわりといい匂いがした。俺は武宮さんの胸の中にいるらしい。


「…え、…あ、れ?」

「………」


もしかして、俺はまた武宮さんに助けられた…?
あの時のように?そ、んなこと、…二度もあるわけない。だけど、だけど…現に今、俺はまた武宮さんに助けられている。
乱れる息を整えていると、武宮さんがポツリと喋った。


「お前いつも落ちてばっかりだな…」


そう言った武宮さんは、俺の身体を支えるように抱き締めながら、心配そうに、だが何処か懐かしむように苦笑いを浮かべた。


「…え?」


俺の事、…覚えているのか?あの時のこと、武宮さんも覚えているのか?
俺が駅の階段から落ちたのを武宮さんに助けてもらったこと。な、なんで覚えているんだ…?


「俺の事、…覚えているんですか…?」

「………」

この無言は肯定と取っていいのだろうか。
…覚えているなら、何で今まで言ってくれなかったんだ?全然そんなそぶりを見せてくれなかったじゃないか…。

確かに、覚えてもらっているならそれは嬉しい。

だけど…。
それと同時に、怖い。

武宮さんは本当は俺の気持ちに気付いているんじゃないか、…そう思えて仕方が無い。


「…気を付けろよ」


混乱する俺の頭を撫でると、武宮さんは妹と一言喋った後、帰っていてしまった。



「……な、んで…」


俺の心臓はまだ煩いまま。
それは落ちる恐怖を味わったせいなのか、…それとも…。



END


prev / next


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -