短編集 | ナノ

 2-4





「お、俺っ。…やっぱり、部屋に戻ります…、」


これ以上嫌われてなるものか。何でいつもこんな失敗をしてしまうんだろう。これでは俺が「練習」とこじつけて武宮さんとキスをしたがっているのがバレバレじゃないか。…あ、やばい。本当に涙が出てきた。
嫌われたくないのに、気持ち悪い奴と思われたくないのに。

泣いていることに気付かれたくなくて、俺は俯きながら部屋へと足を進めた。


「……?!」


すると再び二の腕を掴まれる。驚いて武宮さんを見てみれば、俺の二の腕を掴んでいる手とは逆の手が俺の顔に近付いてきた。…殴られる!
そう反射的に感じて、俺はギュッと目を瞑る。だがしかし訪れたのは痛みではなく浮遊感。


「…え?」


ポフっと柔らかい物に身体を受け止められる。おもわず素っ頓狂な声が出てしまった。


「た、けみやさん?」

「………」


俺は今ソファの上に押し倒されているのだ。そして武宮さんはというと、そんな俺の上に跨っている。
…何、これ。どうしよう、やっぱり殴られるんだろうか。


「や、だ、」

「……」

「怒らないで、くださ…い」


やっぱり俺の言動に苛々して殴ろうとしているんだ。きっと俺の気持ちに気が付いたから。気持ち悪いから、殴ってしまおうとしているんだ。…嫌だ、武宮さんには嫌われたくない。
もう涙は自分の意思では止められないほど溢れ出していた。


「嫌わ、ないで…っ」


一番愛する人に嫌われたくなんかない。
妹には適わないと分かっているから、遠くで見つめるだけは許して欲しい。俺は子供のようにひっくひっくとしゃくり上げながら何度も「怒らないで」、「嫌わないで」と繰り返した。


「武、宮さ、ん」

「怒ってないし、嫌ってもねぇ…」

「…ふ、…っ、」

「お前の泣き顔、…興奮する」


そう言われた後、武宮さんのゴツゴツした男らしい指で目元を擦られた。その指先の動きはお世辞にも優しいといえるものではなかった。むしろ少し乱暴で、…慣れてなさそうなその動きに俺は妙に感動して、胸が馬鹿みたいにときめいた。

止められないと思っていた涙は意外にも簡単に止まり、武宮さんが指の腹で拭ってくれたお陰か、滲んでいた視界がクリアになった。そのため武宮さんの顔が間近にあったことに、俺は今気が付く。びっくりして少しだけ咳き込めば、武宮さんは俺の宥めるように優しく目元にキスをしてくれた。


「…な…、っ」

チュッ、チュッ、とわざとらしく音を立てながら、俺の顔中にキスをしてくる。武宮さんの行動に凄く驚いて息をすることさえ忘れていたけど、俺はこれが「練習」だということを思い出した。


「練習、ですか?」


俺は武宮さんにどの言葉を求めているのだろうか。「練習だ」、「練習ではない」、それとも「お前が好きだから」?
最後の言葉は有り得ない。だって武宮さんは妹の事が好きなのだから。でも妄想するくらいなら許されるよな…?


「…俺で、たくさん練習してください」


俺は武宮さんの回答を聞くのが怖くて、武宮さんが答える前に更に言葉を付け足した。すると俺の積極的な言葉が意外だったのか武宮さんは目を見開いて驚いている。
たまには積極的になってみたっていいじゃないか。ギュッと武宮さんの太い首に両腕を回して抱き付いてみれば、武宮さんは微笑んでくれた。

そして武宮さんは俺の唇と触れ合うギリギリまで顔を近づけてくると、いつもよりも低く掠れた声でこう言ってきた。


「気、失うなよ…?」

「……っ、」


…言わずもがな、キスをする前なのに武宮さんのこの台詞だけで興奮して、俺は気を失いそうになった。
むしろこのまま濃厚なキスで俺の息を止めて殺して欲しいと強請りそうになるくらいに、武宮さんの台詞は魅力的で、そして男の色気が半端なかったのだ。





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