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これからの教育について頭を抱えてあれこれと悩む。するとガタっと音を立てて座っていた椅子から立ち上がった俺の頭を悩ます原因を作った愛しの妹。
「ど、どうした?」
「私、お風呂入ってくる」
「……え?」
「今日土曜日だし、ゆっくり朝風呂でも入ろうっと」
「ちょ、待っ、」
俺は慌てて風呂に入ろうとしている妹を止めようとする。だがしかし、それよりも妹の行動は早くて、俺が止める前に風呂場へと向かってしまった。
「………、」
う、嘘だろ。
何で昨日に引き続き、武宮さんと二人きりになってしまうんだ。妹が居る内に急いで朝ご飯を食べて部屋に引き篭もろうと思ってたのに。…こ、これでは部屋に戻りにくいじゃないか。
「………」
「………」
客人をリビングで一人きりにするのは不躾だと思う。だが昨日のように会話に失敗して変な事を口走った挙句、「練習」だと意味の分からない口実を作ってキスするよりはマシだ。このまま部屋に戻った方が得策だろう。俺はそう考えて、妹の作った朝飯をマイペースに食べている武宮さんに話し掛けた。
「あ、あの、」
「………」
「お、俺、部屋に戻ります」
よし、よく言った俺。武宮さんと一緒に居たい気持ちはあるけれども、それ以上に武宮さんにはこれ以上迷惑掛けたくないし、妹にも幻滅されたくない。
名残惜しいもののこのまま自分の気持ちを押し殺して部屋に戻ろうとした瞬間、急に腕を掴まれた。
「……?!」
この部屋に居るのは俺と武宮さんの二人。だから信じ難いことだが、今俺の腕を掴んでいるのは武宮さんなのだ。ど、どどどどうしよう。武宮さんから触ってもらえた。やばい。嬉しい。もう死んでもいいっ。
びっくりして口から心臓が飛び出しそうになったが、俺は必死に平然を装って武宮さんに腕を離すようにお願いする。
「え、…あ、の、離してもらえますか?」
触ってもらえて嬉しいけど、これでは部屋に戻ることが出来ない。戸惑っていると椅子に座ったままの武宮さんから上目遣いで見上げられた。俺の心臓は大袈裟なほどに高鳴った。
…しかし次の瞬間、俺の心臓は更に高鳴ることになったのだ。
「た、けみやさん?」
「…俺を」
「……?」
「俺を、一人にするのか?」
キュンッ
「………っ、」
まさしく俺の心臓が破滅した瞬間だった。やばい、もう鼻血出そう。格好いいのに、可愛いなんて…っ。上目遣いで見上げられただけでも殺人的に魅力的なのに、こんな捨てられた子犬のような台詞を吐くなんて。ずるい。格好いい。
やばい。やっぱり俺は武宮さんのこと大好きだ。
好き。好き。どうせなら武宮さんに殺されたいくらい。
「…お、俺、此処に居ていいんですか?」
戸惑いがちに聞いてみれば、武宮さんはコクリと頷いてくれた。…良かった。昨日のキスの件で嫌われたと思っていたのだが、まだかろうじて嫌われてはいないらしい。
俺はその事実が嬉しくてニヤけそうになる頬を意識して引き締めながら、定位置に座る。
「………」
「………」
だがやはり無言が続く。
武宮さんが無口な人だというのはストーカーのようなことをしていた際に知ったものの、やっぱりこの沈黙は辛い。
何も言わずにジッと見つめられるのに耐え切れなくて、俺は勇気を出して話し掛けることにした。
「あ、あの!」
思っていた以上に馬鹿みたいに大きな声が出てしまって、とても恥ずかしくなった。
「……」
「あ、の、…その、」
「………」
「きょ、今日も練習、しますか?」
……っ。やばい、涙出そう。死にたい。
こんなこと言うつもりなかったのに、持ちかける会話がなくて同じ失敗を繰り返してしまった。
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