Bad excuses are worse than none.


 生まれつき、容姿と頭には恵まれていた。自分が他の女の子たちよりも飛び抜けて優れているということはプリスクールに通っていた年齢のあたりでなんとなく理解できていたし、女の子たちも私が特別な子だと察していたのか、私に対して意地悪をする子が多かった。
 エレメンタリースクールを卒業する頃にはこの美しさを一番理解できていたのは他の誰でもなく私自身だったけれど、容姿のことを褒められたら無用な軋轢を避けるためにも「そんなことないよ」としおらしく笑っておかなければならない女社会が面倒で仕方なかった。そっちから褒めてくるくせに、「ええそうでしょ」なんて自信満々で答えたらナルシストだとか自意識過剰だとか陰でひっそり言われるのだ。同い年の女の子たちとの馴れ合いは邪魔くさい。けれど、どんなに女の子たちとの交友関係で悩んでもこの容姿と頭があってよかったと思う。なにをするにも男たちは言うことを聞いてくれて、困ったらすぐに助けてくれて、媚びを売らなくても男のほうから擦り寄ってくる。なんと楽な人生だろうか。
 普通よりも楽な人生は、ある転機を境に更に楽になった。特例中の特例でナイトレイブンカレッジへの入学が認められたのだ。きっかけは、一通の書類。その書類曰く、私のユニーク魔法は禁術レベルの高度な魔法らしく、魔力が安定しない十代のうちはツイステッドワンダーランド屈指の魔法士養成学校──ナイトレイブンカレッジかロイヤルソードアカデミーで水準の高い教育を受けるのが良かろう、というのが魔法教育省から正式に通達された勧告だった。法的拘束力は持たないものの、ある程度の強制力を持つ“勧告”ということもあって、両親は目に入れても痛くないほどかわいがっていた娘を泣く泣く手放し、ロイヤルソードアカデミーへの入学を勧めた。
 優しい人が多いらしいし、マジフトの学園対抗戦でも百年近く勝ち続けているからロイヤルソードアカデミーにしたどうだい、と優しいお父さんは言っていたけれど、私は敢えてナイトレイブンカレッジを選んだ。なぜかって? 優しいだけの男なんてつまらないからだ。切り捨てる時に変な情が湧いてずるずる付き合うなんて真っ平だし、優男しかいないあの学園の校風は少なからず性悪な私には合わない。寒気がする。
 でも……と心配そうに私を見つめる両親の意見を押し切り、ナイトレイブンカレッジ初の女子生徒として入学した私の人生はかつてないほどに楽になる──そう、確信していた。

「アンタ、ホントに顔だけの女よね」

 ナイトレイブンカレッジに入学するまでの私の人生について聞いてくれたヴィルは眉を寄せながら言った。レオナさんにも同じような言葉を向けていた気がする。呆れ顔でサラダを食べている彼は私を見ることもなく咀嚼を繰り返した。
 入学から三年も経つと、“学園唯一の女子生徒”という物珍しさは嫌でも薄れてしまうものだ。それでもまだそれなりに、履き慣れたプリーツスカートを少し揺らすだけで男たちの視線は釣れるのだから彼らのそういう欲望は本当に底知らずだ。
 新入生が入ってくるこの時期は、毎年どことなく落ち着きがない。例に漏れず食堂も騒がしく、真新しい制服に身を包んでいる彼らの姿は初々しい。去年は個性的な美形がぞろぞろと入学してきたが、今年も粒揃いのようだ。
 一年生を観察する私に更に呆れたらしいヴィルは珊瑚の海よりもふか〜いため息をついて口元をナプキンで拭い、水を飲んだ。しっかりちゃっかり常温水を用意しているあたり、美容系マジチューバーもびっくりである。内心でヴィルを褒め称えながらかわいい子がいないか探していると、ひそひそとした声が聞こえてきた。どうやら、私の話をしているらしい。

「ナマエ先輩ってあの人だろ、寮長クラスを食ったっていう……」
「かわいい顔してエグいことしてんだな……」

 聞こえてるぞ、一年生。去年の秋も同じようなことを言われていたからなんとも思わないけれど、四年生になる来年も言われるのかと思うとちょっとだけめんどくさい。
 めんどくさいと思いつつ、私を見ている彼らにニッコリ笑いかければ二人は顔を真っ赤にして固まった。チョロい。今年のスカラビア生はチョロいようだ。
 いい加減に食べ終えてしまおうとテーブルに向き直ると、ヴィルの嫌そうな顔が視界に入った。

「アンタに食われた覚えなんてないけど?」
「根も葉もない噂は困るよね〜」
「ふらふら男を取っ替え引っ替えするからそうなんのよ」
「仕方ないじゃん、あっちから寄ってくるんだから」

 ため息をまたついたヴィルはアイシャドウに彩られたアメジストを細め、あやしげに微笑んだ。

「それで、見つかったわけ? 運命の男っていうのは」
「んーん、ぜーんぜん。ダメだよ。落ちなくて困ってる子はいるけど」

 運命だなんて、この学園では鼻で笑われるようなものを私はずっと探している。顔じゃなくて私自身を好きになってくれる人、アクセサリーとしてじゃなくて私をちゃんと愛してくれる人──馬鹿正直にそんな人を探す私を茶化しもせずに、ヴィルは楽しげな美しい笑みで受け止めた。

「努力する子は嫌いじゃないわよ、アタシ」

 過程はどうであれ、それがアンタの美徳だわ、と言って席を立った彼は私を置いて食堂をあとにした。

「あ〜本当にいい男」

 知っていたけど、ヴィルも完璧な男だ。なかなかに曲者なルークが副寮長じゃなかったら狙ってたかも。顔はいいし、ちゃんと身嗜みに気をつかっていればそれなりに優しい。美しい男のすっと伸びた背中を見つめながら、サンドイッチを咀嚼した。




「ジャミルくん!」

 私は自他ともに認める美人である。男の子たちが好きな胸も脚もそこそこにいいものを持っている自信はあるし、なにより顔がかわいい。この顔で擦り寄って落ちなかった男はいなかった。そのくらい、自信があったのに。
 振り返った男の子は、顔色を少しも変えずに私を見下ろした。

「ジャミルくん」
「なんですか、ナマエ先輩」
「今度デートに行こうよ」
「すみません、俺はカリムのそばにいなければならないので」

 ジャミル・バイパー。スカラビア寮の副寮長。バスケ部に入っていて、好きな食べ物はカレー、趣味はブレイクダンス。私のリサーチでわかっていることはそのくらいだ。
 ジャミルくんは落ちない。彼がスカラビアの副寮長に選ばれる前から、整った顔立ちに惹かれて声をかけ続けているけれど楽に落とせるだろうと思っていた彼は少しも私に興味を示さず、一切靡いてくれない。

「ねえ、ジャミルくん」
「先輩。俺じゃなくても他に暇そうな人はいますよ」
「……」

 この子、どうすれば落ちるの。ていうか、本当に私に興味がないのかもしれない。
 彼が落ちてくれないから私は何ヶ月もフリーになっていて、こんなに長いあいだ彼氏がいないのはエレメンタリースクール以来だった。

「ジャミルくんがいいんだけど」
「どうしてですか?」
「どうしてって……」

 鈍い! この子、鈍すぎる!! どうして、と聞かれたのは初めてだったものの、私から告白したことなんてないし、ここまで振り回されといて「好き」と言うのもプライドが許さなかった。そもそも、私は彼にほんのちょっとの興味と好奇心があったから遊んでみようと思っただけなのだ。本気で好きになっていないのに告白なんてしたくない。

「じゃあ、バスケ部の練習見に行ってもいい?」
「ああ、それなら」

 この私が、一人の男の子のために休みの日を使ってまで学園内の施設に入ることになるとは思ってもいなかった。でも、背に腹はかえられない。ここまで来たら、なにがなんでもジャミル・バイパーを落として骨抜きにしてからこっぴどく振ってやる──気合を入れ直し、休日前夜は念入りにスキンケアをした。
 彼を落とそうと意地になっている自覚はあったが、あれだけアプローチをしても落ちないなんて有り得ない。絶対に落としてやる。
 そんな確固たる意思を持って休日の体育館に顔を出せば、ジャミルくんは私をちらっと見ただけでチームメイトの輪の中に入っていってしまった。バスケ部の他の子たちのような反応さえも示してくれない彼に若干腹を立てつつ、二階の観客席に腰かけてその動きを観察しても、いつもと変わった様子はない。よほど、私は眼中にないらしい。

「……はぁ」

 どうしてこんなに面倒なことをしているんだろう、バスケには大して興味もないのに……。肩を落としながら手すりに身を預け、ストレッチを終わらせコートに入っていく彼らを見つめる。バッシュと床が擦れる独特の音を響かせながらコート上を走り回る姿はかっこいいと思うけれど、心を引き寄せられるような衝動は感じない。

「ジャミル!」

 無意味なことをしている気がして憂鬱になっていた私の耳に、彼の名前が聞こえてきた。俯きがちになっていた顔を上げて身を乗り出すと、長い黒髪が揺れ、ボールを受け取った彼はドリブルしながら何人も抜いていく。悔しそうな顔をするチームメイトの真横を、いっそ清々しいほど綺麗に走り抜けていく彼の唇には得意そうな笑みが乗っている。
 リングに当たることなくゴールに吸い込まれていくボールを満足げに見つめているジャミルくんは私が見てきた中で一番楽しそうで、年相応に見えた。
 それは、その姿は、なんだか。

「か、かっかいい……」

 きゅう、と心臓が鳴った気がした。今まで感じたこともない、痛みだった。ああどうしよう、これが恋ってやつなのかもしれない。だってこんなにドキドキしている。彼を見ていたいのに、心臓が痛くなるから見ていられなくなる。
 ジャミルくんが私の運命の人だったらどんなにいいだろう。デートして、手を繋いで、キスをして……考えただけでも恥ずかしくなってくる。今まで付き合ってきた男の子たちとはなにをしてもドキドキしなかったのに、彼が相手だと思うと私のこの恥ずかしい妄想が本人にバレていないか心配になってくる。
 深呼吸をして見つめた先で、襟を引っ張って口元の汗を拭っているジャミルくんはチームメイトの男の子とハイタッチしていた。人の気も知らないで爽やかに笑っちゃって。
 一筋縄ではいかない彼に恋をしてしまったなんて認めたくない私は、人知れず体育館をあとにした。


  ◇


 彼氏がいない空白期間は新年を迎えた今も更新中だ。スカラビア寮ではホリデーのあいだに色々とあったらしいけれど、時間の経過と共に忘れ去られ始めている。風の噂ではジャミルくんがカリムくんを寮長の座から引きずり落とそうとしたらしい。そういう願望はなさそうな、主人に対しても従順なジャミルくんが野望を抱えていたなんてと驚いたものの、人間誰しも腹に抱えている願望はある。だから彼も、巧みに隠していただけなんだろう。
 片や私は、バスケ部の練習を見に行った日からジャミルくんに声をかけられずにいた。恋心ならばもうとっくに認めている。でも、なんと言って声をかければいいのかわからなかった。
 落ちないどころか、私のほうが落ちてしまっている。初めてのことに戸惑いを隠せなくてジャミルくんを見かける度に逃げていたのがいけなかったのか、今日という今日は中庭で彼に捕まってしまった。

「最近話しかけてくれませんね、ナマエ先輩」
「……そうかな?」
「そうですよ」
「ジャミルくんは忙しそうだから」
「俺から逃げているくせに?」
「……」

 鈍いジャミルくんにならバレないと思っていたのに、彼は鋭く理知的な双眸を細めながら私を下から覗き込み、かすかに笑ってから離れた。ほっそりとした顎に指を当てて伏せ目がちに笑う姿はなにを考えているのかもわからない。
 ホリデー前とは、雰囲気が全然違う。こんな子だったっけ? こんな風に笑って、こんな風に気軽に話しかけてくれる子だったっけ?

「俺の記憶では、口説かれていたはずなんだがな……」
「へ」
「違いましたか? 本気で好きでもないのに遊びのために俺を口説いていましたよね」
「な、なん……」
「俺はカリムの馬鹿みたいに鈍くはないですよ、ナマエ先輩」

 それは、つまり。気づいていたくせに、気づかないふりをしていたということ。ジャミルくんの口ぶりから、私のほうが彼に弄ばれていたのだと気づいた。

「ジャミルく」
「あなたの好きな人は誰ですか?」
「……い、言えない」
「どうしてですか?」

 どうしてですか、と問う彼の瞳から逃げられない。覗いていたら吸い込まれそうな、深淵の色合いを呈す瞳は暗く、奈落の底のようだった。

「俺だけに、教えてくれますよね? ナマエさん」

 どうやら私は、とんでもない男に恋をしてしまったらしい。

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