三千世界の鴉を殺し君と朝寝がしてみたい
むかしむかし、あるところに。
いばらのおひめさまと、まどろみのきしさまがいました。
そんな一節から始まるおとぎ話がある。妖精と人間の血を引くお姫様は人間の少年と恋に落ち、真実の愛を見つけた。
オークの木の下、小柄な少年は小さな子どもに昔話を聞かせるように語らっていた。子どもは薄紫の、光のカーテンのような瞳を不満げに細めている。
「おじいさまはその話ばかりします」
「よかろう? お前の父と母の話じゃぞ」
「おとうさん?」
「ああ、そうだとも。わしオリジナルのこの世にひとつしかないおとぎ話を──おっと、心が狭い父上に見つかってしもうたようだ」
おとうさんだ! と元気よく立ち上がった子どもは、作り直したブランコがある方角からやって来た人影に駆けていく。恥ずかしいからその話はあまりしないでくれ、と数日前にも言われた少年──のような見た目の男は服についた砂埃を払った。
抱っこをせがむ子に手を伸ばしてあげる父親の姿は、二十数年ほど前の我が子と自身の姿に重なる。男は特徴的で怪しげな笑い声をこぼし、木の幹にもたれかかった。
風が、小鳥が、植物が、元気に歌っている。彼らの物語を紡いだ本はどこにもないけれど、誰もが祝福した喜劇ならば胸の奥に穏やかに眠っていた。
「よく似ておるなぁ」
微笑んだ男はそっと、見えもしない本のページを閉じた。