dear dear

28

「王妃さま」
 クレスツェンツが崩れた家屋の柱に触れようとしたので、ひとりの騎士が慌てて止めた。
 けれど彼女には聞こえていない。辛うじて形を留めていただけの材木は、クレスツェンツの指先に撫でられただけでばらばらと崩れ落ちた。
「いったい、どれほどの炎で焼けばこんなことになる……」
 土壁は砂に還るほど、木は灰になるほど。煉瓦でさえ砕け、砂利のようになっている。周囲の瓦礫は、今にも崩れて灰になっていきそうだった。
 小さな村だと聞いていたが、クレスツェンツが見渡す先にあるのは瓦礫ばかりで、がらんと広かった。荒涼とした平地の先に森が見える。
 彼女はふらふらと歩き出した。
 アヒムは、家のすぐ裏が森になっていると言っていた気がする。
 瓦礫には目もくれず、クレスツェンツは村の奥へと歩いて行った。人の気配はちっともなかった。瓦礫の中に無数の遺体が混じっていることにも気づかない。
 本当に、ここがアヒムの故郷?
 もっと穏やかで美しい場所だと思っていた。彼が愛している場所だもの。クレスツェンツを置いて帰ってしまうくらい、愛している場所だもの。
 それが、こんなに何もないなんて――
 ふらふらした足取りでしばらく進むと、前方に十人ほどの男達が集まっているのに気づいた。残った先遣隊の者たちだ。
 その中の一人がクレスツェンツに気がつき、ぎょっと目を瞠る。彼に知らされてほかの面々も顔を上げ、あるいは立ち上がった。
「王妃さま、このような場所に――」
 予感に導かれるまま、クレスツェンツは言葉をかけてきた兵士を押し退け彼らの輪の中に入り込む。
「――あ、」
 うずくまっていたエリーアスが顔を上げた。涙でぐしゃぐしゃになった顔で。
 彼はアヒムとよく似た容貌をしていたが、アヒムはこんな顔を絶対にしないなとぼんやり思う。
 彼はなるだけ穏やかであろうとした。冷静に、落ち着いて考え抜いた答えこそ正しいものと信じていた。

- 86 -

PREV LIST NEXT

[しおりをはさむ]


[HOME ]