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 ビーレ領邦の太守・エメルト伯爵がクレスツェンツを迎えたのは、その夜から七日後のことだった。
 五十代も半ばを過ぎた古参の臣下は、平伏しながらクレスツェンツに感謝の言葉を述べた。
「まだわたくしは何もしておらぬよ。持ってきた物資もさほどではない、少しは足しになろうという程度だ。むしろ今日まで当地へ入れなかったことを詫びたい。この間、太守はよく民を守ってくれた。わたくしのほうこそ太守に感謝する」
「至らぬことばかりで、そのお言葉が恐れ多く存じます。我らにはこうした疫病に対応する知識が不十分で、死者数も罹患者数も未だに把握出来ておりません。衛生学に明るい陛下のお知恵をお借りしたく思います」
「無論、そのつもりだ。ともに手を尽くそう。ひとりでも多くの民を救うために」
 彼の顔に滲む疲労も相当なもので、クレスツェンツは焦燥にかられ眉根を寄せた。
 指揮をとる太守はもちろん、最前線で罹患者を看病してきた者たちだって疲れ切っているだろう。
 虫、水、鼠、罹患者の体液――病を媒介するものが何かはっきりとは分かっておらず、その恐怖は身体よりも精神をすり減らす。
 街の恐々たる様子を見ながら太守館へやってきたクレスツェンツは、民がまだ暴徒化していないのは太守の采配の成果だと分かった。
 けれど限界に近い。「王妃が自ら救援に来た」という事実は、しばらく現状を維持する材料になり得るだろう。それだけで、まずは来てよかったとクレスツェンツは思った。
「ときに、街の東門に集められていた兵の一団はなんだ? どこへ行く?」
「は。二日前の夕刻、南東の方角に不穏な光≠ェ」
「光?」
「落雷のようでしたが、定かではございません。何しろ無数の輝きが天地を繋ぐようにしばらく続きましたので……。このようなときゆえ、確認のため調査団を派遣いたします。辺境の病の状態も正確には掴めておりませんので、その把握も兼ねて」
 その日はビーレ領邦主要都市の状況報告のため、太守が会食の席を設けてくれることになった。
 クレスツェンツはむしろすぐにでも視察に回りたいところだったが、上がくつろげねば下もくつろげない。彼女が引き連れてきた一団を休めるためにも、夕食までの時間は空白となった。

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