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無事に戻って、アマリアの空を見上げることは出来るだろうか。そのとき自分は、王妃の身分を持っているだろうか。
* * *
エリーアスが合流してくるまでの六日間、隊列は街へ寄るごとに人数を増やしながら南下していった。
クレスツェンツの第一目標は、この急ごしらえの隊列で十五日以内にビーレ領邦へ入ることだった。そのため、各街の教会堂と市長たちに挨拶するのみで、有志の医師を集めつつ、彼女は先を急いだ。
その旅の間、クレスツェンツは毎夜、持参してきたアヒムの日記と手紙を開いた。
かえって落ち着かなくなるのは分かっていたが、まだ日記すべてに目を通していない。彼がこれを送ってきたことには何か意味があるはずだ。
日記は導師としてつけていた記録ではなく、まったくアヒム個人のものだった。感情を語る言葉は多くないが、彼が村人たちに愛され、忙しくも幸せに過ごしていたことが分かる。
その中に覗く『ユニカ』の名――クレスツェンツが会いたいもうひとりの小さな友人。
導師であるアヒムがユニカを引き取ったのは、彼女の背負う特殊な事情ゆえだが、アヒム自身も父母を亡くし兄弟もいなかったことを思えば、ユニカが彼の家族になってくれたことはクレスツェンツにとっても嬉しいことだった。
記録の中に垣間見えるユニカは、少しずつ少女らしくなっていく。それを喜ぶアヒムの言葉。日記を読んでいたクレスツェンツも、束の間安らかな気持ちになれる。
やがて引っかかる記述があったのは昨冬の記録の中だった。
日記が数日途絶えたあとに記されていた、村を揺るがす事件のこと。
「エリー、お前はこの事件があったとき村にはいなかったのか?」
「そりゃ、頻繁に立ち寄ってはいましたけど、ずっと滞在してるわけじゃないですから……。俺もことの顛末を聞いたのはひと月くらい経ったあとで」
アヒムに立ち入りを拒否されたブレイ村へ行くという目的が出来たせいか、クレスツェンツに追いついたエリーアスは倒れたことなど嘘のように溌剌(はつらつ)としていた。
二人の伝師は騎士と同等に馬を駆り、可能な限りの速度で進んでいたクレスツェンツの隊列に想定よりずっと早く合流した。騎士が舌を巻いていたほどである。
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