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「アヒムくんの王立大学院への入学停止処置を」
「もう! 余計なことはしなくてよろしい!」
だいぶ酔っているのか、テオバルトは人相が崩れそうなほどでれでれしている。
昼間のことよりもまるで話を聞いていない兄に腹が立ってきて、クレスツェンツは彼の頬をつねり上げた。
「よろしいですか、余計な真似はしないで下さい。身許を抑えておいていざというときにはわたくし自身の手で仕返ししてやりたいだけです。彼の経歴を! それだけで結構です」
「わ、わひゃっひゃょ」
頷くこともままならない兄の頬を解放すると、とたんにクレスツェンツは項垂れた。
夕食の時間に間に合うよう帰って来たのだが、一つも腹が減らない。喪服を脱ぐため自室に戻るのも億劫である。両親が地方領へ戻っているのをよいことに王都の邸宅を我が楽園にしている兄を見倣って、一緒に酔いつぶれてしまいたい気分だ。
これだけ顔に出していれば鈍いのか鋭いのか分からないテオバルトもさすがに気遣ってくれた。
金細工の美しい杯を落ち込むクレスツェンツの前に差し出し、ソロンが用意してきた彼女の好きな葡萄酒を手ずからその杯に注ぐ。一緒に飲んだくれよう、ということだ。
「お前を落ち込ませるなんて罪深い小僧≠セね? なんと言われたのかお兄様に話してごらん」
「言いたくありません」
葡萄酒は遠慮なくいただくが、昼間に浴びせられた屈辱的な言葉は兄にも知られたくなかった。
むしろ兄にこそ知られたくない。テオバルトは彼と同じ考えの持ち主だからである。「なるほど」と言って嗤う姿が目に浮かぶ。
『貴族の姫君は、こんなところまで遊び場になさるのですね』
昼間。
そう言われた瞬間、クレスツェンツの頭の中は真っ白になった。胸からさあっと熱が引いてゆく感覚。
少年の冷たい視線が眼裏に焼きついている。
そう言ったのは彼が初めてではない。だからこそ余計にクレスツェンツの心に刺さる言葉だった。
「遊んでいるように見えるのだろうか……」
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