dear dear

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 彼は疫病の罹患を疑われ隔離されていたものの、発疹や粘膜の異常が今日まで見られず、過労だと判断され、ようやくクレスツェンツも会うことが許された。
 彼女が旅支度を終えてやって来たので、まだ疲れの抜けない顔でぼんやりしていたエリーアスは飛び起きた。近々王妃が都を出るらしいという話は聞いていて、自分も一緒にビーレ領邦へ戻るつもりでいたからだった。
「出立は今日なんですか!?」
「ああ、もう行く。お前があの病でなくてよかった。だからしっかり休めと言っていたのに。……いや、力を貸してくれと言って働かせていたのはわたくしだったな。倒れるまでよく頑張ってくれた、ありがとう」
「待って下さい、俺も行きます!」
「ならぬ」
 寝台を降りようとしたエリーアスを突き飛ばせば、彼はぱさりと軽い音を立てて布団の上に転がった。旅慣れていて体力もあるはずの彼には考えられないことである。
「そんなに弱った身体で疫病の中へ飛び込んでみろ。真っ先に死ぬぞ。先日もそう言ったばかりだ」
「でも、」
「でもではない。あと二日、お前はひたすら休め。そして二日で全快し、わたくしのあとを追ってくるのだ。支度は同行者にさせておく」
 クレスツェンツは病室に連れてきた騎士と、エリーアスの同胞でもある伝師を振り返った。エリーアスも含め、三人はいずれも馬を駆るのに慣れている。だから、
「お前なら追いついて来られるよ。わたくしは先に行く。ビーレへ入るまでには必ず合流せよ」
 同行を任せた伝師に宥められたのもあり、エリーアスは渋々布団の中に戻った。
「ブレイ村へ行くつもりなんですか」
 そして立ち去ろうとしたクレスツェンツの背中にそんな問いを投げかけてきた。
 クレスツェンツは振り返ることなくかすかに笑う。
「ついてくる?」
「当たり前です。でも、王妃さまが行くのは……」
「あとのことの心配などしていたら身動きがとれないよ。では、また後日」
 エリーアスが何か言いたげにしているのを感じつつも、クレスツェンツは施療院を出た。
 門前まで見送りに来てくれた騎士にもう一度エリーアスのことを頼んでから、彼女は馬に乗り、どこまでも高く平和な夏の空を仰いだ。

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