dear dear

18

 夫も疲れていよう。次から次へと飛び込んでくる疫病と各地の混乱の情報。地方の病の流行がこれほど王都に影響を及ぼすのは、彼の治世に置いては前代未聞のことだ。
 エリーアスのように、夫の顔色もあまりよくなかった。
 駄々をこねずに夫に寄り添い、政治を佐けるのが本来の王妃の姿なのかも知れないが、生憎、今のクレスツェンツには出来ない真似だった。
「わたくしではなく、民を救うことの出来ぬその法が間違っているのでしょう。いっそそちらをお改め下さいませ」
 心の中では詫びながらも、彼女は傲然とそう言い放ちきびすを返した。
 知っている。夫はクレスツェンツの身を案じてくれているのだ。
 けれど行きたい。行かないと後悔する。
 だからこれでいい、きっと。


 その後のクレスツェンツの行動の素早さと大胆さは、良くも悪くも後々にまで語り継がれている。
 彼女は王妃としてのあらゆる権限を行使し、都中から物資を集めた。
 国庫が司る備蓄食糧の倉庫も掌握した彼女は、王都近郊で膨れ上がった人口を養うために穀物を放出し、ビーレ領邦へ持って行く分の食料と薬草もごっそりとくすね取り、あっという間に荷駄にまとめてしまった。
 そしてあらかじめ声をかけ集めてあった僧侶や医師、商人を引き連れると、彼女は実家の私兵に隊列を守らせて、数日後には王都アマリアを出た。
 あまりに強引で性急な事態に、王から都を預かる市長も、王城に数多いる高級官僚たちも、呆然としているうちにすべてが済んでしまった。

     * * *

 都を出る直前、クレスツェンツはアマリア施療院の主院を訪れた。
 先日ビーレ領邦から戻ってきたばかりのエリーアスも一緒に連れて行こうと思っていたのだが、あのとき見た顔色の悪さはやはり彼の体調不良を物語っていたらしい。クレスツェンツが半ば物盗りのようにアマリアの行政機能を引っ掻き回している内に、エリーアスは倒れていた。

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