dear dear

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V


「兄上!! 素性を調べたい者がいる! ソロンを貸して欲しい!」
「嫌だよツェン。『兄上』ではなく昔のように『お兄様』と呼んでくれなければ僕は返事をしない」
 クレスツェンツはふやけた声で甘えてきた兄を鮮やかに無視した。
 そして目当ての使用人が部屋の隅にいることに気づくと、両手を広げてその使用人に駆け寄る。
「おお、ソロン、ちょうどよいところに! お前、ちょっとひとっ走りして大学院の入学者名簿を見てくるのだ! アヒム・グラウンという小僧の名前を見つけたら書いてある情報を全部写してこい! 出身地と、親の名前と、あと入学にあたっての後見人の名前は必須だぞ! 行け、今すぐに!」
「元気だなぁ。葬儀がよほど楽しかったと見える」
 杯を傾けていたテオバルトの顔面に黒玉(ジェット)の髪飾りを縫い付けたヴェールが投げつけられる。彼は難なくそれを受け止めテーブルの上に置くと、肩で息をする妹を横目に見遣った。
「楽しいものですか……!」
 喪服を着たクレスツェンツは、その赤毛も褪せて見えるほど顔を真っ赤にして怒っていた。
 彼女はずかずかと兄に歩み寄り、その手から杯を引ったくって中身を呷る。てっきり葡萄酒だと思って飲んだのはまるで別物の麦酒(ビール)で、その苦みにびっくりし盛大に噎(む)せた。
「ソロンを使わなくても学院の入学者の情報なんて簡単に手に入るけど、どうしたんだい?」
 エルツェ家の使用人であり、エスピオナという素顔を持つソロンが黙って手巾を差し出し、クレスツェンツに椅子を勧めてくれる。彼女はそれに甘え兄の隣に腰を落ち着けた。
「非常に不愉快な思いをしました」
「ああ、なるほど。分かるよツェン。あんなに大騒ぎしたんだもの。それで、そのアベルくんとやらの入学資格を取り消せばいいわけだね? いいだろう、一両日中には必ず」
「そこまでは言っておりませんし、アベルではなくアヒムです。別に腹が立ったからどうこうしようというわけではありません。ちょっと親の顔が見てみたいというか、そういう感じのアレです」
「なるほど、アレね、アレ。分かる分かる」
「何が分かったのか、説明していただけますか兄上」

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