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代わりに鮮やかになるのは昔の記憶だ。
いつのものとも知れない、他愛ない、クレスツェンツがもっと自由だった時代の記憶。
どの場面にも、つい嫉妬してしまうほどきれいな黒髪に鮮やかな緑色の瞳があって、クレスツェンツのことを見ていてくれる。
隣で、あるいは視界の隅で、そっと。
その眼差しはいつでも力をくれた。クレスツェンツを後押しし、あるいは先へと引っ張ってくれた。
お互いの行き着く先は違っても、少し視線を巡らせればすぐ隣の道に彼の姿があるように、クレスツェンツはそのために頑張ってこられた。
だというのに、なぜ、自分は死地にある彼の傍にいないのだろうか。どうして彼を励ませる場所にいて、一緒に戦っていないのだろうか。
互いのあるべき場所でやるべきことをやっている?
いや違う、条件が絶対的に違う。
アヒムの故郷ブレイ村は、すでに疫病が振るう猛威のまっただ中にある。
クレスツェンツが握っている便箋の中にはそうあった。眼裏に彼の直面する窮地が浮かぶほど生々しく、その詳細が書かれていた。
クレスツェンツが放心したのは、まるでそのすべてが事後報告であるかのような冷静さで記されていたからだ。
几帳面な彼らしい、そろった美しい字体、理知的な言葉選び。
今までの手紙の遣り取りを思い出せば、彼はいつでもそうだったはずだ。だから特別なことなんてない。クレスツェンツは自分に言い聞かせる。
アヒムは、諦めてなんかいない。
では、わたしは何をすればいいのだろう。
必要な薬草があるなら国中から掻き集めて彼の許へ送る。より知識のある医官や博士が必要なら、今度こそ報償でも刑罰でもちらつかせてビーレ領邦へ向かわせる。
責任は王妃の座を賭けてもクレスツェンツが負う。
何か、彼の求めるものはないのか。
クレスツェンツは読むのも苦しい手紙の中を必死で探した。
アヒム、何が欲しい?
何だって用意する。
だから、いつかの「また」を嘘にしないで。
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