dear dear

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 彼に育てられるとなると、生真面目な子になりそうだなぁ。
 クレスツェンツはそう思いつつ、アヒムの手紙を開いた。
 彼の近況に、王国南部の教会や商業の動向、頼んでいたペシラの施療院との仲介の件について。
 他愛ない話題から辛辣な話まで、クレスツェンツはつぶさに友人の言葉を拾った。
 その中に、気になる記述がひとつ。
『ジルダン領邦ボダート港周辺にて奇病≠ェ流行という報せがありました。じき王都へも報告があるでしょうが、先んじて情報収集なさるべきでしょう』
 クレスツェンツは不安と感心の入り交じった声で唸る。
 南部の流行病については、その第一報がアヒムから届く手紙、または南部と王都を行き来するエリーアスの口からもたらされることが多かった。
 さすがはグラウン家の情報網。施療院を教会から引き離すのはもったいない気さえしてしまう。
 とにかく、アヒムが報せてくれた病についてジルダン領邦の教会堂や各地の領主に情報提供を求めることにして、クレスツェンツはその手配をすべくペンを手に取った。
 それにしても、
(奇病≠ニいう表現が気にかかる……)
 大学院で現代の医薬の髄を学んだアヒムにも見当をつけられない病。
 彼とて実際の患者を診たわけではないのだから、診断がつかなくてもおかしくはないのだが。
 じわりと胸に滲んでくる何かの予感を掻き消すように、クレスツェンツはペン先をインクの中に浸した。

     * * *

 悪夢の先触れは、クレスツェンツが各所へ送った書簡と入れ違いになるようにもたらされた。

『ジルダン領邦にて疫病流行の兆しあり』
 春の終わりとともにやって来た不気味な報せは、アヒムの手紙からは想像も出来なかった惨状を語っていた。
 高熱と発疹で人々の粘膜を焼き尽くすその奇病≠ヘ、王国最南東部にあるジルダン領邦をわずかひと月で呑み込み、西北西へと感染の勢力を広めている。

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