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 静かに受け入れるといっても、アヒムの去り方はあんまりだった。
 ようやく公務に復帰出来たと思ったら年末年始の数々の行事ごとに駆り出され、それは当然貴族相手の仕事であり、施療院の関係者と会うことの優先順位は限りなく低く、もたもたしていたらアヒムが帰郷してしまうとクレスツェンツが焦っているところに、案の定彼から「帰ります」のお手紙が届いた。
 「ちょっと待て顔も見せずに行くとはどういうことだ今すぐ戻れ」と即座に返事を書いて教会の伝師に託したのだが、途中の雪道や誤配達という思わぬ事故に見舞われ、クレスツェンツの返信がアヒムの手に渡ったのは彼がビーレ領邦に入ってからだった。
 当然、「戻るのは無理である」との返答が。
 アヒムの手紙はいつでも淡々としていたが、その返事もあまりにさっぱりしていた。都に対する未練などまるでない。さすがのクレスツェンツも友人としてさえ片思いだったのではないかと気落ちしたくらいだ。
 借りっぱなしの本があることや、風邪で倒れたときに見舞いとして苺を贈ったのにお返しがなかったことや、そのほかいろいろな理由を並べて「王都に戻ってきませんか」と誘ってみたものの――受け入れるつもりだったけどぜんぜん受け入れ切れなかった――しまいにはその話題を無視され、あるときの手紙で突然「養女を迎えた」との報告があった。
 その娘は、ちょうどアヒムが帰郷したころに両親を亡くし、様々な事情があったので彼が引き取ることにしたそうだ。
 名前は『ユニカ』。
 以来、アヒムの手紙には娘の自慢話が必ず書いてあった。主に可愛いとか、可愛いとか、可愛いということが。
 アヒムが気に入るものにはなんにでも興味を示してきたクレスツェンツだ。初めこそ自慢ばかりされて悔しがっていたのだが、このごろはユニカからも手紙をもらえるようになったので、アヒムの書簡が届くと彼女はなおのことご機嫌になった。
 ユニカは、正体不明の養父の友人へ律儀に近況を書いて教えてくれた。
 導師さまの好きなケーキを作りました。街で初めて買い物をしました。ラベンダーのポプリを作ったのでお手紙に包みます――言葉はたどたどしいながらもきちんとした筆遣いで、筆跡はアヒムによく似ている。

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