dear dear

7

 なんてもどかしい。
 クレスツェンツに迫られてもなお緘黙していたエリーアスだったが、砂糖菓子をひとつ咀嚼すると意を決したように口を開いた。
「父が他界したので、近々ビーレ領邦へ戻りますと、アヒムが。予定より少し早いけど、こればかりは父との約束だったので従わざるを得ない。今後の予定が決まったらまた連絡する――そうです」
 エリーアスの淡々とした言葉を聞きながら、クレスツェンツはまた目を丸くしていった。
 久しぶりにアヒムの名前を聞けたと思ったら、驚かされてばかりだ。しかも、倒れたとか帰るとか、ろくでもない驚きの報せばかり。
「父君は、いつ――」
「今月の十日です。ブレイ村の導師職を空席に出来ないので、最速の伝達事項として早馬で報せが来ました。それを昨日、俺が伝えに行って……」
 彼は、父の跡を継ぐ意志を教会に伝えたのだろう。
「大学院はどうする……?」
「退学すると」
 分かりきった答えが返ってきた。
 知っていた。彼は以前話していたことがある。大学院を卒業するまでが自分に与えられた時間。早く終わってしまうことも考えられる、と。父に万が一のことがあればの話だが……と言っていたのに、まさかその万が一≠ェ実現してしまうなんて。
 受け止めきれない動揺をそれでもなんとかやり過ごそうと、クレスツェンツは祈るように天井を仰いだ。
「弔辞を……」
「承ります」
 天井を彩る数々の豪奢な飾りが涙でぐにゃりと歪んだ。
 何に対する涙なのか自分でも分からない。しかしそれがこぼれる前に、クレスツェンツは目を閉じた。
 別れはもう少し先のことだと思っていたのに。いや。
 もしかしたら、彼が故郷へ戻ることなくクレスツェンツのもとに留まって、オーラフやほかの仲間とともに、施療院の制度を整えるために力を貸してくれるかも知れないと思っていた。

- 65 -

PREV LIST NEXT

[しおりをはさむ]


[HOME ]