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「なぜ、急に、婚約の話を進めるとおっしゃったのですか」
王はクレスツェンツに向き直ることもせず、相変わらず肩越しに視線を投げかけてくるだけだ。その視線すらふいと泳いで、彼の視界からクレスツェンツの姿が消え去るのが分かる。
「思い出したからだ、そなたの顔を見て」
「何を?」
「……。新しい妃を迎える約束をしていたな、と」
目を背けた彼が何を言うのかと思えば。
いや、何を言ったのだ? それはどういう意味だ?
クレスツェンツが呆然としていうるうちに、今度こそ王は立ち去ってしまった。まるで逃げるように。
日射しが春の気配を漂わせるだけのまだ寒い廊下に取り残され、クレスツェンツはしばし黙して考えた。
「つまり、結婚の話は忘れていらしたということか?」
そして思いついた答えは、恐らく間違っていないのだろう。けれど彼女に「正答」と告げる者は、そこにはもういなかった。
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