dear dear

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 幼く元気な声を聞きながら、ふたりは理由もなくしばらくその場に佇んでいた。
 陽が傾いてだんだん冷え込んできたが、活気に満ちた人々の足音や、露店で売られる鶏肉の煮込みの匂いが心に温かい。
「貴族のお姫様が雪の上で鬼ごっこ≠セなんて、無茶でしょう」
「お前もああして走り回っていたようには思えないけど」
「そうですね、母が早くに死んだので家のこともしなくちゃいけなかったし、冬はペシラの寄宿舎に入っていたし、あんなふうには遊ばなかったかな」
 広場のにぎわいにふと寂しそうな視線を送り、アヒムは「帰りましょう」と静かに呟いた。
 その半歩後ろをついて行きながら、クレスツェンツは黒髪の縁から覗くアヒムの横顔をしげしげと見上げた。
 彼が自分の話をするなんて珍しい。母親が鬼籍に入っていることすら今初めて聞いた。
 そうやって驚くクレスツェンツの視線を感じたのか、アヒムは肩越しに振り返る。
「国王陛下とのお話はどうでしたか?」
 すかさずクレスツェンツは例の話をしようと思った。なぜ、アヒムは医師を志すのかという話を。
 しかし目が合った瞬間、何かを察知したアヒムはすぐに新しい話題を切り出した。それもクレスツェンツが思い出したくない話題で、食い下がって尋ねてみようという気持ちをあっさりと吹き飛ばされる。
「う、んん……わたくしから言えることは特にない」
「上手くいきませんでしたか」
「さらっと言わないでくれ! いや、そういうわけじゃない。オーラフ様やナタリエ様のお話を陛下はじっと聞いていらしたし……ただ本当にじっと≠セったから、陛下がどのように受け止められたかはよく分からないのだ。それに、ちょっと、いやだいぶ余計なことを言ってしまった」
「実際に見に来れば、施療院の知識や技術が医官たちに劣らないことが分かるとか?」
「ぐ……」
 なんでバレてるんだ! 思わず立ち止まって眉間に皺を寄せる。そんなクレスツェンツを振り返ったものの、アヒムはあははと軽い調子で笑いながら行ってしまう。
「あなたは本当にあなたらしいことしかしない人ですよね」
 ひとが失敗して落ち込んでいるのに、笑うとはどういうことだ。雪玉を作って背中に投げつけてやろうかと思ったが、先を行く友人のそんな声が聞こえてきたのでクレスツェンツは思いとどまった。

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