dear dear

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 道具箱ごとアヒムに差し出すと、彼は中から鑷子(ピンセット)を探り出した。西日を受けギラリと光る金属の道具を見て、少女はさらに高く声を上げて泣く。
「大丈夫、大丈夫」
 手を引っ込めようとする少女を宥めながら、アヒムは冷え切った小さな指の先をよく観察する。
 周りの子供たちが固唾を呑んで見守る中、彼は棘の先端を見つけおもむろに鑷子で摘むと……あとは一瞬だった。
 少女の親指の爪より長さがある棘はするりと抜けた。やはり血も出ない。
 あまりにあっけなく棘が取れたので、もっと痛いのを想像していたのか、少女はきょとんとしながら鼻をすする。
 さすが器用だなぁと感心しているのはクレスツェンツだけで、周りの子供たちも何が起こったのかよく分かっていない様子だ。
 「終わったの?」と問うてくる子供に頷き返しながら、クレスツェンツは化膿止めの軟膏とガーゼをアヒムに手渡した。
「寝る前には取っていいよ。明日になって腫れたり、痛くなったら施療院においで」
 親指に包帯を巻かれると、少女はやっと安堵の表情を見せた。照れくさそうにアヒムとクレスツェンツに礼を言って、仲間たちと一緒に歓声を上げながら広場に散っていく。
 このあたりで働く大人や遊んでいる子供は、ごく当たり前に施療院を頼ってくれる。
 クレスツェンツが祖母に連れられ初めて施療院を訪れたとき、そこは治療の場というより看取りの場の性格が強かったので、嫌厭されている風潮もあったくらいだ。
 それが今ではオーラフを中心とした僧侶たちの働きで開放的になり、無償で治療を受けられる場所として頼られていた。
 何よりクレスツェンツが嬉しいのは、その活動を医師ではない街の人々が手伝っていることだった。
 食事作りや洗濯、リネンの管理など、簡単だが繁雑な仕事が施療院には山ほどあるので、人々の手伝いの手が欠かせない。
 そしてそういう仕事を手伝いに来ている者には、かつて施療院で世話になったという元患者も少なくなかった。
 元気になった者が、次に弱った者を助けにくる。自然とそういう流れが生まれている優しい場所だから、クレスツェンツは施療院に関わっていたいと思うのだ。
 その優しさが、人の手から人の手へと渡っていく様を見ていたい。
「ふふ、元気だなあ。あんなふうに遊べる友人がわたくしにはいなかった。ちょっと羨ましい」

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