dear dear

19

W


「どこへ行く?」
「ちょっとした急患です」
 アヒムは薬と包帯、針や鋏などの道具類が入った箱を持っていた。急患とは言うが焦った様子はない。
 不思議に思いながらも彼について行くと、ふたりは施療院の門を出て、グレディ大教会堂の門前広場までやって来てしまった。
 雪が残る広場にはその縁を囲うように夕方の市が立っている。淡く黄色い日差しの中を街の人々が行き交い、夕食用のおかずやパンを買い求めていた。
 じきに沈む冬の太陽は頼りないというのに子供たちはまだまだ元気で、水気の多い雪をばしゃばしゃと跳ね上げながら走り回っている。
 その中にひとりの子供を取り囲むように集まる一団がいた。どうやら怪我をした仲間がいるらしい。
 その中からアヒムに気づいた少年が駆け寄ってきて、「早く早く」と言ってアヒムを引っ張っていく。
 案内された先には、仲間に囲まれてぐずぐずと泣いている少女がいた。目立って怪我をした様子はないようだが――と、彼女を観察していたクレスツェンツの手に、アヒムがぽんと道具箱を預けてきた。
「見せて」
 彼は少女の前にしゃがみ込んで泣いている彼女の手を取る。重なり合うふたりの手許を覗き込んでみると、少女の右手の親指に長い棘のようなものが刺さっているのが見えた。
 木切れか古い木材でも触って遊んでいたのだろう。木肌の硬い繊維が割れて刺さってしまったらしい。
 しかし棘は薄皮一枚の下にもぐり込んでいるだけで血も出ていなかった。皮膚の中で折れてもいないし、きれいに抜けそうだ。
 ただし見た目がいかにも痛そうなので、少女自身もびっくりして泣きじゃくっているのだろう。
「クレスツェンツ様、貸して下さい」
「ああ、うん」

- 34 -

PREV LIST NEXT

[しおりをはさむ]


[HOME ]