dear dear

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 深く考えもせずに口にすれば、ナタリエが意外そうな顔をしてクレスツェンツを見る。オーラフもきょとんとしながら瞬いた。
「おや、姫さまもご存じないとは」
「オーラフ様も知らないのですか?」
「ええ、まあ。聞いたことはありませんが、私と似たような理由かなと勝手に思っていました」
「オーラフ様の理由?」
「ふふ。まあ、本人に訊いてごらんなさい」
 オーラフがそう言うからには、アヒムは今日も施療院を手伝いに来ているのだ。午後も遅く陽が傾いている時間。確かに大学院の講義は終わっている。
 クレスツェンツはお茶の誘いを断り、途中で目的地を変えた。アヒムがよく入り浸っている調合室を覗きに行く。
 夕食とともに患者たちに出す薬を作る手伝いをしているのだろうと思ったのだが、そこに彼の姿はなかった。
 忙しそうな僧医たちに混じって、町医者が調合を手伝っているところを見てほくそ笑んだものの、目当てのアヒムがいなかったのでクレスツェンツはちょっとだけしょんぼりした。
 そして再び彼を捜すため、調合室を離れようとしたとき。
「おかえりなさい」
 求めていた声が背後から投げかけられた。クレスツェンツはぱっと顔を上げて振り返る。
「ただいま。……ただいま? なぜ『おかえり』に『ただいま』なのだ」
「今日は王城へ行く日だとおっしゃっていませんでしたか? その帰りかな、と思ったので」
 アヒムはなにげなく言ったが、クレスツェンツは妙に嬉しかった。
 おかえり。
 クレスツェンツがここへ戻ってくるのが当たり前だという言葉。
「うん、そうだ。ただいま」
 思わず笑顔が溢れる。王との話がどうなったかという結果を思い出すとすぐに気持ちが悄(しお)れそうになったが、愚痴を聞いてもらうのは後回しにして、その場を去るアヒムを慌てて追いかけた。






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