dear dear

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「ええ。アヒムの提案をいれてよかった。案外と、新しい発見があります。人手も増えたしね」
 クレスツェンツは自分が誉められたかのように得意げに口許を弛め、すれ違った男の背中を見送る。彼はアマリアの町医者だ。
 大学院との交流も結構だが、民間医とも互いの知識を交換してはどうかと言ったのはアヒムだった。
 僧医と民間医の交流もほとんどないようなものだった。自分の手に負えない患者を連れた町医者が施療院へ治療の相談にやってくることは稀にあったが、町医者には町医者の矜持があるので、施療院を頼ってくる医者は本当に変わり者だといってもよい。
 民間医はそれぞれ師について医薬の知識を学び、自分の判断で独立して『医者』を名乗る。どの師について学んだかによって流派のようなものがあるらしいが、組織だった活動はしておらず、治療の知識も技術も当人次第という規格の曖昧な医療者だった。
 彼らの知識や治療法が古いことは否めず、集団で日々実践と研究を行っている施療院が彼らから学ぶことなどあるのかと、クレスツェンツは思っていた。
 しかしアヒム曰く、昔から伝わる迷信めいた治療法が覿面に効く場合もあるし、普段の食事や安価なハーブを薬の代わりにすることを知っている。無駄な知識など何もない。彼らとの交流も大いに役に立つはず。
「僕の勉強の≠ニ、あとにくっつきそうなのがアヒムの怖いところだ」
 数ヶ月前の会話を三人で振り返っていると、ナタリエが快闊に笑った。
「本当に。大人しそうな顔に似合わず貪欲で、びっくりさせられますよ」
 オーラフはしみじみと相槌を打つ。
 十年ほど前に僧侶になって以来、施療院で治療と看護を行ってきたオーラフは、二十代半ばという若さながらに経験も知識も豊富で、しょっちゅうアヒムから質問責めにあっていた。
 クレスツェンツもよくその場に居合わせる。ふたりの話は専門的な言葉が多くて内容はさっぱり分からないけれど、オーラフがひとつ答えるとアヒムがまたひとつ訊き返すことの繰り返しで、オーラフのもとに用事が舞い込んでこない限りずっと講義を続けていそうだ。
 そのときの彼らは実に楽しそうなので、クレスツェンツはこれまた羨ましい。
「アヒムは、なぜあんなに熱心に医薬について学んでいるのですか?」
 真剣な友人の顔を思い出すと、いつか訊いてみようと思っていた疑問がふと思い浮かんだ。

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