dear dear

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「それはもっともな意見です。しかし知識を持っている側からするとこういう一面もあります。我々だけの知識、我々だけの技術にしておけば、それを提供する代わりに報酬や利益を得られる」
 淡々としたオーラフの言葉に、クレスツェンツはますます眉を顰めた。
「希少性や、神秘性がつくる権威があるのです。そういうものは知識が普及するほど失われてしまいます。姫さまはこういう考え方がお嫌いでしょうが」
 クレスツェンツは苦笑するオーラフを半ば睨むように見つめる。僧侶が語った現実の一つが納得出来ず、にわかに苛立ちが湧き上がる。
「しかしそれでは、知識は古くなっていくばかりではありませんか? 自分たちが持っているものに安心しているようでは、前に進むことをやめてしまいます」
「その通りですね。幸いこの施療院にそうした風潮はありませんし、交流と研鑽(けんさん)の相手は望むところです。が、皆がそう思っているわけでもありません。今のところ子爵を施療院にお招きして教えを請うたり、アヒムやアヒムが連れてきてくれる学生たちに手伝い以上のことをさせてあげるのは難しいでしょう」
 更に反論したかったが、クレスツェンツはあえなく口を閉じた。オーラフに非はない。
 むしろ彼は施療院以外の医師との交流を望んでいるのだ。力になれればと思っていたクレスツェンツだが、結局、このあとに打つべき手が思いつかなかった。
「もっと上の方に話をしてみてはどうですか。医官や学生と、施療院が交流することを正式に認められる方に」
 ぽつりと言ったのはアヒムだ。クレスツェンツは隣にいる友人を不思議そうに見つめた。
「たとえば、どなただ?」
「オーラフ様は院長を説得なさればいいと思います。クレスツェンツ様は医官を統轄していらっしゃる方か、大学院の長にでも。僕もイシュテン伯爵に話してみることは出来ますし」
「確かに強い権限を持った賛同者が必要です。院長の方は私がなんとかしようと考えていたところです。アヒムも気楽に考えて、こんな話があるという程度に伯爵の耳に入れておいてくれるとありがたいね。姫さまは、」
 医官を統轄するのは彼で、大学院の学長は確か彼だ。どちらにも伝手はない。伝手はないが、公爵家の名を使えばまずは手紙を開いてもらえる。
 そんなことを考えながらオーラフの言葉を聞いていたクレスツェンツだが、彼が口籠もったので怪訝そうに首を傾げた。

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