dear dear

8

「でしょう。だったら、変わらずに……は無理でも、ここにいらっしゃればいい。あなたと話をして元気になる者は多いんです。喜ばれますよ」
 なんでもないことのようにそう言われ、クレスツェンツは呆気にとられながら大きく瞬いた。
 そんなに、そんなに簡単な問題だったろうか。
 いや、やっぱり違う。それでは今と同じで、クレスツェンツはお手伝いのまま。彼女の気分次第で、来たり来なかったりしても構わない。
 それでは嫌なのだ。責任のある役目が欲しい。
 手の甲に踊る木漏れ日を捕まえるように、クレスツェンツは自分の手をぎゅっと掴む。
 アヒムはしょぼくれた友人の横顔を見て内心溜息を吐いた。どうやら、自分の言葉は彼女を納得させることが出来なかったようだ、と。
 施療院には多様な立場の人々が出入りしている。患者と僧侶はもちろん、手伝いの市民や商人、ごくたまに貴族も現れる。
 目的も思惑も様々な彼らのすべてと、なんの気兼ねもなく話しているのはクレスツェンツくらいだ。それはなかなか出来ないことだとアヒムは思っていた。
 そして彼女はごく自然に人と人を引き合わせている。
 たとえば――
「姫さま、アヒム」
 呼ばれて、ふたりは一緒に振り返った。中庭へ降りる階段の途中にオーラフが立っている。
 彼は眉尻をさげて心配そうな微笑を浮かべながら、遠慮がちにふたりの傍までやって来た。
「仲直り出来ましたか?」
「「喧嘩したわけではありません」」
 アヒムはむっとしながら、クレスツェンツはしゅんとしながら、それでも彼らの主張はそろった。
「姫さまが泣いて出て行かれたと聞いたもので……。でも、どうやら問題は解決していないようですね。私でよければお話を聞きますが」
 身を屈めて問うてくる僧侶を見上げ、クレスツェンツは薄く唇を開いた。しかしすぐにそれを閉じ、弱々しく首を振る。
 やはり、もう少し自分の中で考えなくてはいけない。そう思った。
 オーラフはそんな姫君の様子を気にかけながらも、それ以上問うことはしなかった。

- 23 -

PREV LIST NEXT

[しおりをはさむ]


[HOME ]