dear dear

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「でも、医官になっても施療院で働くことは出来ませんよ」
 クレスツェンツはにべもないアヒムの指摘にうっと息を呑む。
 確かにそうである。施療院は教会の機能のひとつ。その活動に官制の医師は関わらない。
「わ、分かった。じゃあ尼になろう……」
「ちょっと落ち着いて下さい。クレスツェンツ様の希望はちゃんと聞きました。でも王家との婚姻はあなたの意思だけで覆せるものではないでしょう? 僕は貴族じゃないのであなたの将来にどれだけの人間の思惑が絡んでいるのかは想像もつきません。でも、それを振り払ってまであなたがここにいなくてはいけない理由などないのは分かります。クレスツェンツ様は、貴族の義務を果たさなくてはいけない」
 すげないアヒムの言葉は、深くクレスツェンツの胸に刺さった。そして正論ゆえに反駁することも出来ない。
 結婚は貴族の義務。クレスツェンツの人生から切り捨てることが可能なのは、施療院のほう。
「だからお前は、わたくしに出て行けと言うのか」
「僕が言うんじゃありません。そうするしかないのなら、そうなるだろうというだけの話です。僕も――」
 言いかけて、アヒムは口を噤む。ふた呼吸ほど間を置くと、彼はようやくクレスツェンツと真正面から視線をぶつける。
「とにかく、抗いようのない制約はあるものです。それがあなたの場合は国王陛下のお妃になることですが、でも、それが施療院を去ることに直結するのはなぜですか?」
 深い森のような、落ち着いた知性に溢れる瞳に疑問とクレスツェンツの姿が映っている。
 彼女は虚を突かれた。
「なぜって――」
 即座に浮かんでくると思った答えは、ひとつも言葉にならない。
 なぜ? 確かになぜだろう。
 そりゃあ、王妃ともあろう者が血のついた包帯を洗っていたり患者の食事を運んでいたりしたら驚かれるだろうが、教会に出入りしてはいけないという決まりはない。
「理由、特にないかも」

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